小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
月とコンビニ
月とコンビニ
novelistID. 53800
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

たし子さん

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

野町 たし子さんは、くそですね。勿論、たし子さんにはたし子さんの事情があるんだと思いますが、連絡もせずに勝手に蒸発するなんてくそです。役者としては、凄いとは思いますよ。真剣な姿には、勉強させてもらいましたよ。それでも、駄目なものは駄目ですよ。人間としての話です。男性恐怖症なんですって? そういう事情があるのなら、はじめからオファーを断っておけばよかったじゃないですか。それは、断ったら山賀さんも困るでしょうけど、引き受けておいて消えられたら元も子もないですよ。他人に迷惑をかけそうとか、不安な部分があるのなら伝えておかないと、配慮のしようもないです。自分のことは、自分が一番分かるでしょう。はじめから、斉藤さんでよかったなぁ。痴漢のことや男性恐怖症のことは、俺にはよく分かりません。男ですからで、済ませちゃいけないんでしょうけど。ただ、それって、有名ロックバンドグループのライブを見に行けるようなものなんですか? あれって、会場でめちゃめちゃにされませんか。男女とか関係ないですよ。人混みが駄目とか、男の人が近くにいると駄目とかではないんですかね? 電車とか、シュチュエーションがあるのでしょうね。納得はいきませんが。山賀さんは、よく螺子の場面にこだわって見ていました。俺とたし子さんの意見が違って、とても観れるものじゃなかったから何度も確認していたのでしょうね。斉藤さんが来てからは、お互いに思ったことを言っていくようにしました。場面を作っていくって、こういう作業のことを言うのだなぁって思いましたよ。それなりの場面になったと思います。純粋に楽しかったです。山賀さんも確認される回数が減って、他の場面に目が届くようになったように思います。斉藤さんには、だいぶリードして頂きました。いつか、舞台上で恩返しがしたいですね。たし子さんは座組の中で、大和とよく喋っていたように思います。大和と一緒に舞台に立つ時間が長いですし、同性ということもあったんでしょうね。大和がたし子さんに練乳を飲ませる場面は、見ているだけで甘ったるくて胸がむかむかしてくるんですが、そこのたし子さんは凄かったですね。大和と合わせて、鬼気迫るものがありましたよ。凄い役作りだと思いました。正直悔しかったです。同学年の大和もその場面は凄かった。そこだけは、斉藤さんの時よりも、たし子さんの方が良かったかもしれないです。舞台って難しいですね。俺、初めての舞台がこの座組で良かったって本当に思います。山賀さんの妄想の世界、意味不明です。演じて浸れて、凄く気持ちよかったです。斉藤さんには、何から何まで教えて頂いて、ほんともう感謝の言葉しかありません。大和とは、もっとやれたよねって話してるんです。これから楽しみにしてて下さい。え、たし子さん? そうですねー。くそですかね?

【大和の話】
舞台奥手の壁に「大和の話」という言葉が映される。全員、一度それを見る。
大和が話し始める。

大和 たし子さんのことは、尊敬しています。あれだけ真っ直ぐに脚本と向き合える人に、はじめて会いました。野町とはぶつかることもありましたが、演劇の稽古場ではよく見る光景ですよね。二人とも真剣なんです。二人とも大好きです。噂では、痴漢が原因で稽古場に来られなくなったという話を聞きますが、私は違うと思います。演出の山賀さんは酷い人です。脚本力や演劇的な探究心は認めます。才能の在る方です。でも、人の心をえぐるようなやり方はどうかと思います。今回の脚本には、印象的な場面が二つあります。野町がたし子さんに螺子を差し込む場面と、私が彼女に練乳を飲ませる場面です。本読みの時には気が付きませんでしたが、これはレイプの暗喩ではないかと思います。結局、直接確かめたわけではありませんから、ただの憶測なのです。しかし、山賀さんは、放任主義に見えて、細部までこだわる計算高い人ではないかと思います。頭の切れる人ですから。たし子さんは、本読みの時から、少し様子がおかしくありました。練乳を飲ませる場面の稽古でも、非常に苦しそうでした。甘いのが苦手とか、そういうレベルではなく、まさしく犯されているような、苦悶の表情でした。私が思わず動きを止めると、もっと激しくしろとでも言うような目でこちらを見るのです。本当に、私が彼女を犯しているような、いやもっと、私を介してたし子さんが自分自身を犯しているような、そんな錯覚です。山賀さんは何も言いませんでした。ただ、見ているだけです。見ているだけ。分かります。配役を済ませた時点で、演劇の実験的な仕掛けはできていたんです。後は、どう変化していくかを観察していくだけでしょう? 野町との場面も、口を出さずに見ていただけですからね。あれだけ、二人の雰囲気が悪かったら、演出家さんは声を掛けますよ、ふつう。大体、男性恐怖症の人にそんな配役をさせますか? 私には、山賀さんがたし子さんをレイプしているようにしか思えませんでした。それでも、彼女は真っ直ぐに脚本に、演劇に向き合っていました。限界はあったんでしょうけどね。たし子さんが失踪して、ほっとしています。それはそれで凄く勇気の要ることだったと思います。真面目な分ね。もともと無茶だったんです。代役の斉藤さんは、するりと役をこなしてしまいました。二週間しかない中で、あまり役を深められなかったっていうのもあるでしょうが、デフォルメされたものになってしまったなと。犯されている私を可愛く見せては駄目なんです。そこには、苦しみや辛さや恐怖がある筈なんです。けどこれは、たし子さんだから表現できたことなのだと思いました。結局、彼女にしかできない役なんです。当て書きかな? 個人的な事を言うなら、私は斉藤さんが嫌いですね。八方美人で。でも何より、舞台上で犯されているたし子さんを見たかったと思っている私自身が、一番嫌いなんです。

【たし子の話】
舞台奥手の壁に「たし子の話」という言葉が映される。全員、それを見る。間。暗転。


終わり
作品名:たし子さん 作家名:月とコンビニ