夢の伊能忠敬MAP
趣味のゲートボールにもいけなくなり、
日課だった散歩もいけなくなってしまった。
「ふぅ……やることといえば、縁側でうたた寝ぐらいかのぅ……」
悲しいことにやることはなくても、いつでも寝られる。
今日もうつらうつらと眠りについた。
気が付くと自分は公園に立って、妻がやってきた。
「あら、おじいさん。ここでなにを?」
「縁側でやることないもんで、夢の中に来たんじゃよ」
「ああ、それならちょうどよかった。
お菓子をいただいたので一緒に食べませんか?」
「夢の中で食べるというのもなぁ」
そこで目が覚めた。
目の前にはいつもの庭が見える。
しばらくすると、妻がお菓子をもってやって来た。
「おじいさん、お隣から……」
「お菓子じゃろ?」
「あら、どうして知ってるんですか? まさか……」
「夢で話したじゃろ」
「ああ、やっぱり!」
妻は飛び上がった。
「あの夢、おじいさんも見てたんですねぇ。
長年連れ添った夫婦は同じ夢も見られるんですね」
妻はそういったが、実はほかの人も同じだった。
今まで夢の中で会った人たちは自分の夢の登場人物だと思っていた。
ところがそんなことはなくって、相手も自分の夢を見ている。
「ふむ、この世界の夢はもしかしたら全部地続きなのかもしれんのぅ」
縁側の昼下がり、ようかんをかじりながらおじいさんは悟った。
そこで夢のマップを作ることに。
日課だった散歩にはいけなくても、夢なら出かけることができる。
「わしが夢の地図を作れば、きっといろんな人が便利になるじゃろう!」
「ええ、そうですねぇ。有名なスポットもわかるかもしれません」
「わしはこれから寝まくって地図作りをはじめるからのぅ。
ノートと鉛筆を忘れずに用意しておいてくれ」
「はいはい、わかりましたよおじいさん」
おじいさんは寝て、寝て、寝まくった。
もう起きているのか寝ているのか死んでいるのかわからないほど。
夢の中で歩きまわるおじいさんを見た人は多く、
「あそこのおじいさん、夢の中で何してるんでしょう」
「まるで伊能忠敬みたいだったわ」
「夢のはじからはじまで歩いているのよ、変わってるわ」
おじいさんのことは近所でも噂になった。
噂が噂を読んであっという間におじいさんは有名になった。
誰もがおじいさんの夢マップの完成を心待ちにした。
いつしか出版社までかぎつけて地図の完成を待っていた。
夢マップ作りから、数十年。
出版社はもう待ちきれなくなり、縁側で眠るおじいさんを起こした。
「おじいさん、どうですか? 夢マップのほうは?」
「ああ、もうばっちりだよ。夢はもう2周……3周はしたかな」
「3周!? すごい! それじゃマップも完成ですね!
どこにあるんですか!?」
おじいさんはきょろきょろを見回した。
「はて? いつも地図を書いている和紙と筆のセットは?
おかしいのぅ。忘れないようにと夢のことは欠かさず書いているのに」
おじいさんは今日も眠ると、
忘れないように夢でしっかりメモを取った。