忍トーマス
忍トーマス
【著】松田健太郎
●登場人物
◯忍トーマス
◯サラリーマン
◯女子高生
○車掌
○ホスト
【1】お察しの通り、俺は忍。
忍 お察しの通り、俺は忍。なぜ電車に乗っているかって? それは現代社会で生きる忍にとって人混みこそ最高の忍ぶ場所だからさ。
俺は世にこう呼ばせている。忍トーマスと。
さて、この満員電車の中から私を見つけられるだろうか。私自身、身動きが取れなくて困っているくらいだ。しかし注目してほしいのは、おれじゃない。あのサラリーマンだ。
サラリー くそ、年下のくせに上司になりやがって。少しくらい気を使えないのか、やってらんねぇぜ。
サラリーマンはぶつぶつと独り言を言いながら吊り革に捕まっていた。これはいつもの光景だ。私はこの一週間やつを監視している。おそらく可愛いであろう女子高生から依頼があったからだ。この忍トーマスを頼る者の存在はありがたい。
おそらく可愛いというのは電話での依頼だからで、特に可愛くなくても依頼は受けているぞ。私は忍だから、こっそり確認は取れるのだが、拘ってはいない。絶対だ。忍といえども逮捕はされるし、個人情報は保護せねば罰せられるからな。
おっと、やつが動き出した。サラリーマンは俺に監視されているとも知らずに、吊革から右手を離し人混みの中に潜り込ませた。まるで満員電車の圧力で吊革から手を振りほどかれたように見せかけて。
サラリー 込みすぎだろーがよ。毎日毎日くだらねぇ仕事ばっかさせやがって、あげく満員電車でギュウギュウ詰めときた。やってらんねぇぜ。
奴は同じようにブツブツと呟いていた。しかし俺は見逃さない。やつの隣の女子高生の可愛さを。とてもタイプだ。ロリコンではない。可愛いという感想は赤ん坊にだって持つだろう。赤ん坊を可愛いというやつがロリコンなら人類全てがロリコンだ!
……申し訳ない、忍トーマスとあろうものが取り乱してしまった。
全く何を言わせてるんだ。私が見逃さないのは、やつの隣の女子高生の表情だ。やつの手は女子高生のお尻へと行っていた。
女子 やめてください……
女子高生はとても小さな声で拒否をした。その言葉を出せるなんて、強い子だ。
私が受けた依頼とは、この電車で痴漢をされるから助けてほしいというものだった。あのコが依頼者かどうかなんて関係ない。要するに、あの依頼はこの電車で痴漢をするやつを消し去ってくれということだと思う。
俺はあの男を捉えるため動き出した。
車掌 次は〜九段下〜九段下〜。
澄ました顔で独り言を言い続けるサラリーマンと身動きの取れない女子高生を今、俺は見ていることしかできない。
やつは駅へ到着すると人をかき分け出ていった。俺も奴を捉えるため、人混みをかき分ける。プシーッと電車のドアがしまった。え、いや、待って。降りてない。奴はどんどん先へ行く。俺はそれを追い越した。窓からの景色が変わると、自分の忍という習性を憎む。
忍びすぎた。俺があまりにも忍んでいたので、誰も避けてはくれなかったのだ。
女子 やっぱりただの噂じゃない……忍トーマスなんて……。
泣きそうな気持ちを抑える女子高生がぽそりと呟いた。やはり依頼者はあの子だ。理由はわからないが、彼女は数ある頼りどころから俺を選んでくれた。それを失望させてしまった。
俺は忍トーマス。その名は電車の中で活動するから付いた名ではない。電車を拠点にしているだけである。
安心しろ可愛い女子高生。君は俺が守る。私は駅のホームにいる。電車の中には、さっき電車を降りた誰かがいるだろう。忍術、身代わりの術だ。すまないが他人を身代わりにさせてもらった。
……もしかしたら困ってるかもしれない。すまない。
ホスト え……なにこれ。俺降りたよなあ。……遅刻じゃね? なにこれありえねぇ。はぁ? サイアク。
さて、サラリーマンだが顔は覚えている。出ていった出口も覚えている。私はやつを追うため駅の出口へ向かう。
☆
満員電車ではホストが困っていた。そして一つの事件が起こる。ホストは悲しそうな女子高生を見つけたのだ。彼は悲しむ女性を見過ごせない。満員電車にも関わらず、彼女へ近づいていき話しかけた。
ホスト どうしたの?
女子 ……。
近づいてきたホストから身を遠ざける女子高生。彼女はもう男性を信用しないのかもしれない。それくらい嫌な気持ちになっているのだろう。
しかしホストは話しかける。
ホスト 俺ね、ホストやってんの。もうやめようと思ってんだけどね。
女子 ……。
ホスト だから話し聞くのは得意だよ?
女子 ……。
女子高生にとってはナンパと変わらないと感じても仕方がないが、ホストはそんな軽い気持ちで話しかけたわけではない。本当に悲しい顔をした女性を放っておけないのだ。
少しでも悲しい顔を和らげたい。ホストは一人で話し続けた。
ホスト でさ、気づいたら満員電車にギュウギュウ詰めだったん!
女子 意味わかんない……。
ホスト お、やっと口開いてくれた!
女子 ……。
ホスト あ、閉じちゃった? あはは、てかおれの話聞いててくれたんね!
ホストはめげずに話しかけ続け、楽しい会話を一人でしていた結果、少し口を開いてくれた。それからもホストは女子高生に話しかけ続ける。
☆
奴を見つけた。家へ帰る途中なのか住宅街へ向かっていく。空も暗くなっていき俺達忍の時間がやってくる。
俺は奴の悪い右手に紐をかけた。その紐を街頭に引っ掛けると引っ張り上げる。空中に右手から釣られた奴は、急激な出来事に叫び声を上げた。
サラリー うおっうおおおおおっ!!??
その紐には「この人痴漢です」と書かれた紙を貼っておいた。晒し者にされたやつはもうやらないだろう。誰がどこで見ているのかわからないのだから。
あのサラリーマンは空中で街頭に照らされ続けている。
これであの女子高生の依頼は完了した。俺は電車へ帰るとしよう。
懲らしめたいやつがいるときは、こちらまで。忍トーマス。
☆
忍トーマスの任務は完了したが、お話はもう少し続く。満員電車は徐々に人が降りていき満員ではなくなっていた。ホストと女子高生は少しだが会話もしている。
ホスト そうなんだ。大変だね。
女子 うん。
ホスト 嫌じゃなきゃ俺が守ってやんよ。
女子 え。
ホスト なんつって。
女子 ……。
ホスト てか君どこで降りるの? だいぶ話しかけちゃったよね。
女子 だいぶ過ぎてる。
ホスト あ、まぁじでぇ?
女子 うん。
ホスト 迷惑だったよねぇ。ごめんねぇ。
女子 ほんと。
ホスト あ、誰もいねぇ。終点?
電車がスピードを緩め始めると、車内アナウンスが流れた。
車掌 え〜、任務完了〜。任務完了〜。ご依頼は忍トーマスまで〜。
ホスト なんだ、このアナウンス。
女子 初めて聞いたね。
女子高生は少しだけ。ほんの少しだけ笑顔になった。それをしっかりと視界に入れたホストは立ち上がり、女子高生へ手を差し伸べた。
【著】松田健太郎
●登場人物
◯忍トーマス
◯サラリーマン
◯女子高生
○車掌
○ホスト
【1】お察しの通り、俺は忍。
忍 お察しの通り、俺は忍。なぜ電車に乗っているかって? それは現代社会で生きる忍にとって人混みこそ最高の忍ぶ場所だからさ。
俺は世にこう呼ばせている。忍トーマスと。
さて、この満員電車の中から私を見つけられるだろうか。私自身、身動きが取れなくて困っているくらいだ。しかし注目してほしいのは、おれじゃない。あのサラリーマンだ。
サラリー くそ、年下のくせに上司になりやがって。少しくらい気を使えないのか、やってらんねぇぜ。
サラリーマンはぶつぶつと独り言を言いながら吊り革に捕まっていた。これはいつもの光景だ。私はこの一週間やつを監視している。おそらく可愛いであろう女子高生から依頼があったからだ。この忍トーマスを頼る者の存在はありがたい。
おそらく可愛いというのは電話での依頼だからで、特に可愛くなくても依頼は受けているぞ。私は忍だから、こっそり確認は取れるのだが、拘ってはいない。絶対だ。忍といえども逮捕はされるし、個人情報は保護せねば罰せられるからな。
おっと、やつが動き出した。サラリーマンは俺に監視されているとも知らずに、吊革から右手を離し人混みの中に潜り込ませた。まるで満員電車の圧力で吊革から手を振りほどかれたように見せかけて。
サラリー 込みすぎだろーがよ。毎日毎日くだらねぇ仕事ばっかさせやがって、あげく満員電車でギュウギュウ詰めときた。やってらんねぇぜ。
奴は同じようにブツブツと呟いていた。しかし俺は見逃さない。やつの隣の女子高生の可愛さを。とてもタイプだ。ロリコンではない。可愛いという感想は赤ん坊にだって持つだろう。赤ん坊を可愛いというやつがロリコンなら人類全てがロリコンだ!
……申し訳ない、忍トーマスとあろうものが取り乱してしまった。
全く何を言わせてるんだ。私が見逃さないのは、やつの隣の女子高生の表情だ。やつの手は女子高生のお尻へと行っていた。
女子 やめてください……
女子高生はとても小さな声で拒否をした。その言葉を出せるなんて、強い子だ。
私が受けた依頼とは、この電車で痴漢をされるから助けてほしいというものだった。あのコが依頼者かどうかなんて関係ない。要するに、あの依頼はこの電車で痴漢をするやつを消し去ってくれということだと思う。
俺はあの男を捉えるため動き出した。
車掌 次は〜九段下〜九段下〜。
澄ました顔で独り言を言い続けるサラリーマンと身動きの取れない女子高生を今、俺は見ていることしかできない。
やつは駅へ到着すると人をかき分け出ていった。俺も奴を捉えるため、人混みをかき分ける。プシーッと電車のドアがしまった。え、いや、待って。降りてない。奴はどんどん先へ行く。俺はそれを追い越した。窓からの景色が変わると、自分の忍という習性を憎む。
忍びすぎた。俺があまりにも忍んでいたので、誰も避けてはくれなかったのだ。
女子 やっぱりただの噂じゃない……忍トーマスなんて……。
泣きそうな気持ちを抑える女子高生がぽそりと呟いた。やはり依頼者はあの子だ。理由はわからないが、彼女は数ある頼りどころから俺を選んでくれた。それを失望させてしまった。
俺は忍トーマス。その名は電車の中で活動するから付いた名ではない。電車を拠点にしているだけである。
安心しろ可愛い女子高生。君は俺が守る。私は駅のホームにいる。電車の中には、さっき電車を降りた誰かがいるだろう。忍術、身代わりの術だ。すまないが他人を身代わりにさせてもらった。
……もしかしたら困ってるかもしれない。すまない。
ホスト え……なにこれ。俺降りたよなあ。……遅刻じゃね? なにこれありえねぇ。はぁ? サイアク。
さて、サラリーマンだが顔は覚えている。出ていった出口も覚えている。私はやつを追うため駅の出口へ向かう。
☆
満員電車ではホストが困っていた。そして一つの事件が起こる。ホストは悲しそうな女子高生を見つけたのだ。彼は悲しむ女性を見過ごせない。満員電車にも関わらず、彼女へ近づいていき話しかけた。
ホスト どうしたの?
女子 ……。
近づいてきたホストから身を遠ざける女子高生。彼女はもう男性を信用しないのかもしれない。それくらい嫌な気持ちになっているのだろう。
しかしホストは話しかける。
ホスト 俺ね、ホストやってんの。もうやめようと思ってんだけどね。
女子 ……。
ホスト だから話し聞くのは得意だよ?
女子 ……。
女子高生にとってはナンパと変わらないと感じても仕方がないが、ホストはそんな軽い気持ちで話しかけたわけではない。本当に悲しい顔をした女性を放っておけないのだ。
少しでも悲しい顔を和らげたい。ホストは一人で話し続けた。
ホスト でさ、気づいたら満員電車にギュウギュウ詰めだったん!
女子 意味わかんない……。
ホスト お、やっと口開いてくれた!
女子 ……。
ホスト あ、閉じちゃった? あはは、てかおれの話聞いててくれたんね!
ホストはめげずに話しかけ続け、楽しい会話を一人でしていた結果、少し口を開いてくれた。それからもホストは女子高生に話しかけ続ける。
☆
奴を見つけた。家へ帰る途中なのか住宅街へ向かっていく。空も暗くなっていき俺達忍の時間がやってくる。
俺は奴の悪い右手に紐をかけた。その紐を街頭に引っ掛けると引っ張り上げる。空中に右手から釣られた奴は、急激な出来事に叫び声を上げた。
サラリー うおっうおおおおおっ!!??
その紐には「この人痴漢です」と書かれた紙を貼っておいた。晒し者にされたやつはもうやらないだろう。誰がどこで見ているのかわからないのだから。
あのサラリーマンは空中で街頭に照らされ続けている。
これであの女子高生の依頼は完了した。俺は電車へ帰るとしよう。
懲らしめたいやつがいるときは、こちらまで。忍トーマス。
☆
忍トーマスの任務は完了したが、お話はもう少し続く。満員電車は徐々に人が降りていき満員ではなくなっていた。ホストと女子高生は少しだが会話もしている。
ホスト そうなんだ。大変だね。
女子 うん。
ホスト 嫌じゃなきゃ俺が守ってやんよ。
女子 え。
ホスト なんつって。
女子 ……。
ホスト てか君どこで降りるの? だいぶ話しかけちゃったよね。
女子 だいぶ過ぎてる。
ホスト あ、まぁじでぇ?
女子 うん。
ホスト 迷惑だったよねぇ。ごめんねぇ。
女子 ほんと。
ホスト あ、誰もいねぇ。終点?
電車がスピードを緩め始めると、車内アナウンスが流れた。
車掌 え〜、任務完了〜。任務完了〜。ご依頼は忍トーマスまで〜。
ホスト なんだ、このアナウンス。
女子 初めて聞いたね。
女子高生は少しだけ。ほんの少しだけ笑顔になった。それをしっかりと視界に入れたホストは立ち上がり、女子高生へ手を差し伸べた。