飲み屋マンションの常連客
飲み明かすぞ~~!」
「部長、どこにしますか?」
「え? あーー……それは……」
しまった。そこまで考えてなかった。
そもそも全員を誘ったはいいけど、仲がいいのはごくわずか。
みんなそれぞれ仲良しグループができているので、
大部屋で飲むには少し気を使ってしまいそう。
そもそも店がなかった。
「お前、この変で飲める場所知ってる?」
後輩に聞いてみた。
「そういえば、飲み屋マンションって聞いたことあります」
「……なんだそれ?」
怖いもの見たさで言ってみると、見た目は普通のマンション。
でも、一部屋一部屋に飲み屋の看板がついている。
「いらっしゃいませーー」
中はこじんまりとした小さな飲み屋になっている。
「おお、これは面白い」
「マンションを改良しているんです。
それぞれ違った趣のお店がいくつもありますよ」
大人数で大団円、というのも難しかったが
これなら少人数でそれぞれ楽しめて今の若い人にもウケるだろう。
「いやぁ、こんな場所があったなんてなぁ!」
すっかり飲み屋マンションにハマってしまった。
それからしばらく、俺は毎日飲み屋マンションに通った。
レトロな雰囲気の一室の隣に、ネオン輝く近代的な一室もある。
「飲み屋マンションを全制覇だ!」
などと言っていたのに、部屋数が多いからまだできていない。
「部長、飲みすぎじゃないですか?」
「らいじょうぶ、らいじょうぶ。れんれんよってはいから」
「ろれつ回ってませんって」
部下に肩を貸されて飲み屋マンションを出る。
最近は毎晩こんな調子だ。
「……はれ? この店は?」
さっきまで飲んでいた部屋のすぐ隣。
どんな店かと思っていたが、看板が出ていない。
「さぁ……、この部屋に入った人は見たことないですね」
「ようひ、はしごら! はしごするろ!」
「ちょっ……部長!」
俺は酔った勢いでインターホンを押した。
『はい』
「おきゃくさまがここにいるろーー! ドアをあけろーー」
『大変申し訳ございません。
条件をクリアしていない人は入れられません』
「ふえ?」
「部長、もう気が済んだでしょ。行きますよ」
門前払いというか、門前の前払いされてしまった。
二日酔いの頭で翌日、同じ部屋に行ってみた。
「条件って言ってたよなぁ」
昨日は酔っていたからだと思って再度挑戦してみた。
『昨日の方ですね。申し訳ございませんが条件がありますので』
「あっ、ちょ……」
やっぱりだめだった。
酔ってる酔ってないの問題じゃないらしい。
「もしかして、この飲み屋を全部網羅すれば条件クリアか!」
そうとしか思えない。
だってこの部屋だけ立ち入り禁止なんておかしい。
そうとわかればますますどんな部屋か知りたい。
毎晩の晩酌として通っていた飲み屋マンションだったが、
時間があるときは通ってどんどん走破を進めていく。
「部長、大丈夫ですか? またお酒飲んでたんですか?」
「大丈夫、ぜんぜん大丈夫。あと少しなんだ。
お酒飲まないと、むしろ調子でないっていうか……」
その日も仕事終わりに最後の一室を訪れた。
「よし! これですべてクリアだ! やった!!」
嬉しくなり、部屋を出ると閉ざされた一室へと向かった。
3回目のインターホンを鳴らす。
『はい』
「条件はクリアしたぞ!! さぁ、部屋に入れてくれ!!」
『……そのようですね、どうぞ』
カチャ。
「おおおお! ついに、ついに!! 鍵があいたぁぁ!!」
酔いもあってかテンションはMAX。
どんな高級な酒が飲めるのか。
どれほど最高のもてなしを受けるのか。
胸の高鳴りを抑えられずに部屋に飛び込んだ。
「いらっしゃいませ」
「……あれ?」
部屋はふつうだった。
内装をこだわっているわけでもボトルがキープされてるでもなく。
ただの、普通の、マンションの部屋だった。
「こ、ここは……?」
「はい、こちらはお酒の依存症になった人だけが入れる更生部屋です。
あなた……自分がどれだけお酒飲んでるかわかってなかったんですか?」
酔いは一瞬で冷めた。
作品名:飲み屋マンションの常連客 作家名:かなりえずき