今日が終わる前に
「あ、わたし」
「……なに? なにか言い忘れたことでもあった?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、さっきの、気持ち悪い『おやすみ』だったから、さ」
「……はぁ?」
「なんて言うのかなぁ……マが悪いって言うの? なんかさっきのじゃ、気持ちよく眠れないじゃない」
「なに言ってんだ、お前?」
「だから、もう一回、言い直そうと思って……」
「うん、わかった。じゃ、おやすみ」
「だめーっ!」
「なんなんだよ?」
「気持ちがこもってない」
「お前さ、今、何時だと思ってんの?」
「だって……、ねえ、これって迷惑かな?」
「そうじゃないって答える奴は少ないと思うぞ」
「わたしの声、聞きたくないの?」
「充分聞いたよ」
「もっと聞きたいでしょ?」
「……これって、いやがらせか?」
「……あのさぁ、誰かに『おやすみ』って言えるのは、とても幸せなことなんだよ」
「……うん」
「一日が終わる前の最後に聞く声が、わたしの声であってほしいでしょ?」
「……もうとっくに次の日が始まってるよ」
「そうじゃなくって!」
「わかった、わかった。じゃあ、どう言えばいいんだ?」
「わたしがぐっすり眠れるような声で。今日はとってもいい一日だったなって思えるような……明日もまたいい一日が待ってるなって思えるような……そんな風に『おやすみ』って言って」
「……んな無茶な」
「あなた役者でしょ?」
「じゃあ作ったような甘ぁい声で『おやすみ』って言えば満足するのか?」
「それは嫌。聞いてて気持ち悪いもん。それに気持ちがこもってない気がする」
「じゃあ、普通の声で?」
「うん」
「わかった」
「うん」
「……」
「……」
「……なあ」
「ん?」
「さっきの、さ……」
「どしたの?」
「迷惑じゃないって答える奴は少ないって言ったけど……」
「うん」
「俺は迷惑じゃないよ」
「……」
「声、聞けて嬉しいから」
「……」
「どうした?」
「……照れる」
「あ、そう」
「って言うか、電話でそんなこと言われて、赤くなってる自分が恥ずかしい」
「あ、そうなんだ」
「……うん」
「じゃ、寝ようか?」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみなさい」