悪口ツボの底にある秘密
家にいた嫁は死んでしまった。運が悪かった。
家を物色していると、変なツボを見つけた。
「なんだこれ? 遺品……でもなさそうだ」
きりの箱に入っていたので高価なものかと思ったが、
中身はなんてことのない古びたツボ。
さらには取扱説明書までついてくるという新説さ。
「なになに? これは悪口のツボ。
どんな悪口もこのツボの中で言うと吸収されます
……ホントかなぁ」
ツボの口はちょうど口がすっぽり収まるサイズ感。
俺はツボを口に当てて、思い切り悪口を叫んだ。
「*************!!!!!!」
言った自分が驚いた。
かなりの大声で叫んだつもりが少しも聞こえない。
それどころか、悪口の内容も聞き取れない。
きっと中で消化されてしまったんだろう。
「こんなのが家にあったなんてなぁ」
俺はすっかりツボを気に入った。
・
・
・
家に強盗が入ってしばらくすると、
こんな仕事じゃダメだと思ってまっとうな仕事に就くことに。
「しゃ、社会人経験はありませんが、よろしくお願いします!」
かくして、普通の会社の社員にはなれた。
人生はいつでもやり直しがきくのだと思っていた。
でも、現実はそんなに甘くなく
もともと社交的でないのも足をひっぱり、
またたく間にオフィスの嫌われ者として地位を確立した。
「つか、あいつマジでトロくね」
「何考えてるかわからないっていうか」
「あの目、絶対人殺してるよねwwwwwww」
給湯室の前を横切ると悪口が聞こえてくる。
聞こえよがしにいっているのか、無神経なのか。
なんにせよ、社会人になったとたんに俺のストレスは急上昇。
しだいにツボを取り出す機会も多くなっていた。
「*****!! ******ーーーッ!!!!」
「*********!!!!」
「**! **! *******!!!」
ツボの中なら絶対に聞かれることもない。
大きい声を出すと、頭から怒りがすっと抜けて楽になる。
いつしかツボを手放せなくなっていた。
「でさ、今日は君も飲み会来るよね?」
そんな折、上司から飲み会に誘われた。
最初は俺をダシにした罰ゲームかと思っていたが、
どうやら話を聞くと本当に俺を純粋に誘ってくれているらしい。
「で、飲み会どう?」
「いきます! 行かせていただきます!!」
願ってもないチャンス。
普段、ツボばかりに話しかけている俺を脱却するときだ。
ここは誰よりもいっぱいしゃべって、
「面白い俺」をこの職場にプレゼンするまたとない好機!
「ようし!! 今日は語明かすぞ――!!」
俺は酒をかっくらって、積極的に自分から語りに行った。
「でさぁ、やっぱりあれはダメだよな? そうだよなぁ?」
「俺前からあいつはクズだと思ってたんだよねぇ」
「ホント、何もかもダメだよなぁ、そう思うだろ?」
必死に話しかけてに言ってるのに、しだいに俺の周りから人ははけていく。
「あれ? あれれ? おかしい……。
なんで誰も話に付き合ってくれないんだ!?」
俺はこんなに楽しい話を提供してるのに。
まるで理解も納得もできない。
そこに上司がやってきた。
「お前……自分で原因わからないのか……?」
「わかりません! どうして、俺だけみんなから避けられるんですか!?
俺はそこらの引っ込み思案とは違います!
ちゃんと自分から話しかけています! ぼっちなんてありえない!!」
「お前の話は、悪口ばかりなんだよ」
「えっ……」
雷に打たれたようなショックを受けた。
言われてみると、確かに悪口ばかりを語っていた。
というか悪口しか話してない。
「悪口ばかり話すやつに、近寄りたい人なんていないぞ」
飲み会は上司の痛烈なコメントでお開きになった。
ぐうの音も出ない。その通りだ。
誰かの悪口を話すということは共犯者になれってこと。
そんなのを毎回話すような人間に、人が寄り付くわけがない。
「はぁ……いつからこんなになっちまったんだろう……」
原因はひとつしかなかった。
そう、あのツボだった。
悪口をなんでも吸収してしまう、最高の聞き役であるツボ。
これに悪口を貯めこんで吐き出すもんだから、
いつしか俺の口から出る言葉は悪口だけになってしまった。
こんな自分を変えるのは……。
「ツボを……壊すしかないっ!」
ツボをどこかに隠しても、またストレスに負ければツボに吐き出す。
そんなのを続けていればいつまでたっても悪口癖は治らない。
悪口のツボを壊して、逃げ道をふさぐしか方法はない。
「よ……よし、いくぞ……!」
ツボを割ったらどうなるか。
これまでの悪口が一気に爆発するのか。
死すら覚悟しながら、悪口のツボを地面に落とした。
ガシャーーン!!
高い音とともに悪口のツボが飛び散った。
「……あれ?」
でも、何も聞こえない。
悪口が爆発したりも警戒したが損をした。
やっぱり悪口は本当に消化吸収されていたんだ。
「これは……」
そんな中、悪口のツボの破片に紛れて、
小さな言玉(ことだま)が入っていた。
このツボの中では悪口はたちまち消化されてしまう。
でも、ツボの中に未消化で入っていたということは……。
俺は言玉を再生した。
『あなた、聞こえてますか? 悪口のツボを使っていますか?
きっと使っているでしょうね。
人生には辛いことも厳しいこともありますから。
でも、メッセージを残しておきます。
あなたが辛くなったりしたときに聞いてください。
あなたが悪口を言う姿は、世界中の誰よりも似合いませんよ。
素敵なところをたくさん持っているあなたですから』
未消化だったのは、素敵な言葉だったからだ。
今は亡き妻からの暖かく優しいメッセージ。
それを聞いた俺は涙が止まらなくなった。
彼女のやさしさと思いやりに感動した。
まあ、強盗に入ったのは俺なんだけどね。
作品名:悪口ツボの底にある秘密 作家名:かなりえずき