ウソ偽りのない完璧な演技
あんたが見ていた映画やドラマにも
大なり小なり俺が出ているに決まっている。売れっ子だから。
「というわけで、松田さんにはぜひ映画の出演をしてもらいたいです」
「ええ、かまいませんよ」
しかし、俺は大御所のように偉ぶることはない。
謙虚な姿勢こそがこの業界で長く生き残るすべなのだ。
「どうも、監督の海老沼です」
「主演の松田です。監督、まだ台本貰ってないんですが」
「台本? そんなものはないよ」
「は!?」
「台本なんてのは、役者の命を殺すものだ。
うちじゃ台本じゃなくて役者が役になりきって撮影する。
それでこそリアリティのある映像が撮れるんだ」
「はぁ……」
なんだかめんどくさそうな監督だな。
そうは思っても、口には出さない。売れっ子だから。
実際、この監督の映画は評価が高いのもある。
「それじゃ、シーン1。スタート!!」
「俺の憎しみは消えない……どうあってもな……!」
「カットカット!! カーーット!」
シブく決まったと思ったのに、すかさず監督が割って入った。
「今の演技なんだ!? 全然リアリティがない!!」
「そうですか? 俺としては両親を殺されて、
ハードボイルドに復讐を決めた男を表現し……」
「リアリティだよ! リアリティが全然ない!
まるで用意されている台本を読んでいるみたいだ!
どうせ、この先改心するんだろと先が読める演技なんだよ!」
この手の役は何度も演じたことがある。
それだけに先入観から、枠組みを出ないような演技にしていた。
もっとリアリティを。
もっと役になりきって……。
「監督……あの、両親を殺されて復讐を誓うホームレスって、
設定があまりに自分とかけ離れててなりきれないんですが」
「君はそれでも売れっ子か!?
現実に存在しないものを観たくて客はいるのに、
簡単に想像できるような人物像を作ってどうする!」
「え、ええええ!?」
なんかもうムチャぶりすぎてどうすればいいのか。
「わからないなら、考えろ!
それでもわからなければ、イメージを膨らませろ!」
「イメージ……」
そういわれて「はいできました」となれば苦労しない。
結局、その日はひたすら監督に文句を言われて終わった。
「ダメだダメだ! 君の役からは人間らしさが感じない!」
人間らしさとはなんなのか。
俺はひとりで都心に来て人間観察をすることに。
「うーん……人間らしさ、ねぇ……」
行き交う人を見てみると、歩き方にわずかな癖があったり
挙動ひとつとっても全然ちがう。
そうか、もしかしたらこれが監督の求めていた
「人間らしさ」なのかもしれない。
「わかってきたぞ! ようし! もっとじっくり見てみよう!」
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その日、撮影スタジオに来ると監督はカンカンだった。
「2日目で遅刻なんて、なに考えてる!」
「ええ……ちょっと……」
でも、人間観察で「人間」のストックは頭にたまっている。
今なら前よりもいい演技ができそうだ。
「それじゃ、シーン2から。スタート!!」
「なんだと……!? それじゃ犯人は……!」
「カットカット!! カーーット!」
監督はつばを吐き散らしながら怒鳴る。
「ダメだダメだ! なんだその演技は!?」
「え、今のダメだったんですか!?
人間観察してリアルなようにしたんですけど」
「ちがう! リアリティはあるが感情がない!
気持ちが入ってないんだよ!」
「き、気持ち!?」
「誰かから見た人を演じてるんだよ!
もっと、その人本人になりきって演技するんだ!」
「えええええ!?」
かくして、人間観察の成果はなく撮影は終わった。
その日の終わりに監督が1点だけほめてくれた。
「ところで、人を見てたら不審者と間違えられて
警察に連れて行かれる演技だけはやたらうまかったな」
「ええ、それが遅刻の原因です……」
作品名:ウソ偽りのない完璧な演技 作家名:かなりえずき