それから(それからの続き)は
それから(8) 賢治くん
昨日までは、肩で風を切る、市中金融の取り立て屋。
その賢治が、悪態の限りを尽くして、毎月取り立てに通っていた小さな建設会社で働くと言う。
当に、昨日の敵は、今日の友を地で行っている。
彼は、俺の前で少し顔を俯き加減にして、独り言の様に話す。
「わし、今までに、あんなに一方的にコテンパンにやられた喧嘩は、生まれて初めてです。そして、初めて死にとうないと心の底から思いました。わし、これまで何やって来たんじゃろうか・・。腕っぷしでは、ちょっと以上に自信が有ったんですけど・・、根性もそこらの奴より遥かに座っとると思うとったんですけど・・、兄貴の様に、平気な顔をして、人を殺そうとする様な真似は、わしには、何時まで経っても出来んと初めて分かりました。
『借金の取り立てをやって、一人前になったら構成員にしてやる。』と言われて、頑張ったつもりですが、素人さん(俺)にも及ばんかった。それで、事務所で頭を下げて、其処との縁を切って来ました。2~3発やられましたけど、この前の事に比べたら、屁みたいなもんです。
一から修行します。社長さんにも同じ事を話して、此処で働く事にしました。兄貴、宜しくお願いします。」
「何を馬鹿な事を言ってるんだ。俺、お前の兄貴なんかじゃないぞ。迷惑だ。・・まあ、社長に雇って貰ったのなら、その事で俺がとやかくいう立場にないから・・」
勝手にどうぞと返事をした。
傍で、娘さんが、可笑しそうに見ている。
奴は、いう事だけ言うと、ペコリと頭を下げた後、先輩従業員達にも挨拶して廻った。
元取り立て屋の賢治は、小さい頃から、手の付けられない暴れん坊だった。
彼の両親は、その暴れぶりに業を煮やし、環境が変われば少しは大人しくなるかと、母方の実家に彼を預けた。
実家には、当時、彼の祖父が、一人で細々と暮らしていた。
誰の言う事にも耳を貸さない賢治であったが、この祖父とだけは、何故か気が合った。
海に近い処で、祖父と暮らし始めて、彼は、徐々に大人しくなり、学校から帰っては、祖父の畑仕事なども手伝う様になった。
そして、元来利発な彼の成績も、驚く程上がり、高校へは、一、二を争う成績で合格して、皆を喜ばせた。
だが、彼の最大の理解者である祖父は、彼が、高校に通い始めてから、僅か数が月でこの世から去って行った。
その日から、『賢治、勉強せいよ。勉強して、偉い人に成るんで・・』という、祖父の今わの際の言葉を守りながら、再び暴れん坊への道を辿り始める。
やがて、高校を卒業。同時に、何とか受かった専門学校に進む。
が、彼の素行は、悪くなる一方で、ついに退学させられる羽目となった。
以来、悪い仲間たちと付き合いの幅を広げ、気付いた時には、市中金融の取り立て屋として、一端の能力を発揮する存在となっていた。
彼が、構成員となる為にバリバリと働いて、そのまま2~3年もすれば・・という時期に、俺との出会いがあったのだ。
そして・・、(一応)夢であった肩で風切る将来をさっぱりと捨てて、小さな小さなAB建設で働く事を決めたという次第。
働き始めた彼は、四六時中、俺に着いて廻る。
仕事中は、同じ現場だから仕方ないといえば仕方ないけれど、仕事を終えても、
「兄貴、これからどうしますか? 何か手伝う事が有ったら、遠慮のう言うて下さい。」
などと煩くてしょうがない。
要するに、職業は替えても、その考え方は、その道の人々が考える様に、兄貴のために・・という気が、まったく抜けていない。
「お前な、仕事が終われば、それぞれ自由だ。何処へでも行って、何でもしてりゃ好いだろ。」
「いや、わし、連れが居らんのです。今まで不良連中とばっかり遊んどりましたけん・・」
「お前・・、今でも立派な不良にしか見えないぞ。つい昨日まで、ただの不良以上だった奴が、何を言ってるんだ。アフターファイブくらい、時分で考えて時間を潰せ。」
「え~・・? そんぎゃな事、思い付きません。」
「まったく・・、今までどんな生活をしてたんだ・・」
「そりゃあ、もう、仕事一辺倒でした。」
「真面目に取り立てをしていたのか・・」
「まあ、そういう事です。じゃけん、教えて下さい。例えば、兄貴なら何をします?」
「そうだなぁ・・ まあ、給料には、結びつかないけど、資材置き場の整理とか、事務所の掃除とか・・」
「はい、分かりました。」
と、早速、資材置き場に向かう賢治。
「こいつ、本物の単細胞か・・?」
まあ俺とすれば、一人にさえ成れれば、それで好いし、賢治が掃除をすれば、それだけ綺麗になるから、・・好いとするか。
物事、何が転機になるのか分からない。
経緯はどうであれ、賢治が働き始めて少し後、〇〇という同業者から、
「少し大きな仕事を受けたのだが、自社だけでは、工期が、間に合わないので、手伝だって貰えないか?」
との話が舞い込んだ。
「〇〇は、あんまり大きな会社じゃぁないが、堅実で約束を守る事で有名な社長という評判の会社じゃ。」
と、うちの社長は、その声掛けに喜びを隠さなかった。が、
「じゃけど、○○の現場に入るとなると、今の現場を1週間は早めに終わらせにゃぁいけん・・」
と、不安そうな顔も見せる。
その時の作業現場は、環境とすればかなり悪いと言えた。
家の建ち並ぶ急な坂道の殆ど天辺で、雨などに因る地崩れ防止対策工事。
車は、現場の途中までしか行けない。道幅が、急に狭くなっている所為だ。従って、最後の50メートル余りは、人力での資材運搬となる。
工事自体は、そんなに難しくないのだが、何しろ材料運搬に時間と人手を取られる。
「社長、そんなの難しい事ではありませんよ。頑張ってみましょう。」
という俺に、
「そうは言うても、夜も寝ずに・・という訳にも行かんし・・」
「でも、問題は、材料の搬入と産廃の片付けだけと言っても好いくらいでしょ?」
「まあ・・そうなんじゃが、それが、問題よ。・・人手が有ったらのう・・」
「どれくらいの人数が、必要ですか?」
社長は、暫く考えて、
「4~5人というところかのう・・」
と言う。
「俺が、何とかします。・・・おい、賢治、お前、元気そうな奴を5人程連れて来い。」
「えっ・・?」
「お前、前の商売で、顔が広いだろ。この際、性格などどうでも好いから、兎に角、元気そうなのを、何処からでも引っ張って来いよ。仕事は、材料の運搬だけだから、簡単だ。」
流石は賢治だ。
翌日、彼は、若くて元気そうな奴等4人と一緒に会社へ来た。
そして、先輩達から、
「さすがは、賢治君じゃのう。」
などと言われ、満更でもなさそうだ。
そして、現場で、いざ仕事が始まると、
「さあ、運べ! 急がんか!」
「こら! 何をトロトロしとるんなら!」
と、元の商売に立ち戻ったかの様な 強面と威勢の好い声で発破をかける。
そのお陰で、連れて来られた若い奴等はヘトヘトだったが、予定より6日早く工事を終える事が出来た。
作品名:それから(それからの続き)は 作家名:荏田みつぎ