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自転車に死体

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自転車に死体





雪が降り積もる長い長い下り坂。猛スピードで駆け抜けていくのは、二人乗りの自転車。

自転車にまたがっているのは、男と女。
二人の靴は、すでに摩擦でボロボロになっている。
ブレーキパイプもとっくにちぎれていた。冷たい風に煽られてしなっている。

二人は、覚悟した。

「遺言は!」
ハンドルを握る男が叫ぶ。容赦ない風圧で目もロクに開けられない。
「ずっとお前が好きだった!」
「あたしも!」
女も叫ぶ。男の背中にしがみつくその指は、寒さで感覚が失われている。

…… ソノ言葉ハ本心デスカ?

二人から突然、重力が奪われる。

坂の終端はジャンプ台だった。

二人と自転車は、宙を舞った。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



男は目を覚ました。そこはどうやら、森の中のようだ。

全身に鈍い痛みを感じつつ、目だけきょろきょろ動かして周りを見渡す。
遠くからわずかに光が射し込むだけの、薄い闇に包まれた森。
この空間は、取り囲む樹木たちに支配されているように感じた。
光も、闇も、空気さえも。

ぼんやりと薄暗いなか、目を凝らし続ける。 …… 女はどこにも見つからない。

歩こうと思ったが、身体が思うように動かない。

まぁ、とりあえずいいか …… そんな感情が芽生えた自分に少し驚いた。
流れであんなこと言ったけど、実はそんなに好きじゃなかったのかもしれない。
そして、今はもっと重要なことがある。

男はやっと覚悟を決めて、すぐ目の前にある“それ”を凝視した。

目が覚めて一番最初に目がついたもの。
でも、見間違いであってほしいと、いったん目を背けずにいられなかったもの。

目の前に倒れている男 …… それは、自分自身だった。

幽体離脱、という言葉が頭をよぎった。

「そうか。やっぱり、オレは死んだんだな」
男はそう呟いてから、少しだけ笑った。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



女は目を覚ました。そこはどうやら、森の中のようだ。

全身に鈍い痛みを感じつつ、目だけきょろきょろ動かして周りを見渡す。
遠くからわずかに光が射し込むだけの、薄い闇に包まれた森。
この空間は、取り囲む樹木たちに支配されているように感じた。
光も、闇も、空気さえも。

ぼんやりと薄暗いなか、目を凝らし続ける。 …… 男はどこにも見つからない。

歩こうと思ったが、身体が思うように動かない。

まぁ、とりあえずいいか …… そんな感情が芽生えた自分に少し驚いた。
流れであんなこと言ったけど、実はそんなに好きじゃなかったのかもしれない。
そして、今はもっと重要なことがある。

女はやっと覚悟を決めて、すぐ目の前にある“それ”を凝視した。

目が覚めて一番最初に目がついたもの。
でも、見間違いであってほしいと、いったん目を背けずにいられなかったもの。

目の前に倒れている女 …… それは、自分自身だった。

幽体離脱、という言葉が頭をよぎった。

「そうか、やっぱり、あたしは死んだんだ」
女はそう呟いてから、少しだけ笑った。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



老人は畑仕事をしていた。

ふと、人の気配を感じて振り返る。

女が、自転車を引いて歩み寄って来る。
そして、荷台に載せた大きな荷物は ……

「し、死体!」
老人は小さく呻いた。
大きな荷物だと思ったものは、男の身体だった。

「違います!」
女は大声で否定した。
「これは死体じゃありません。オレです!」

「…… オレ?」



落ち着きを取り戻した老人は、横たわらせた男を確認する。
「…… たしかに死んではいないようじゃな」

「信じられないかもしれませんが ……」
女は“自分は断じて精神異常者ではない”と前置きしてから、事の顛末を説明した。

「…… つまりですね、オレの心が、そっちの身体から抜けて、この彼女の身体に乗り移ってしまったんです」

なぜか、老人にはまったく疑う様子がなかった。
「今、目の前に居るあんたはどう見ても女じゃが、喋っているのは実はこの男、ということじゃな?」
老人は、以前にも同じ経験があったかのような余裕な物腰だった。
女(心は男)は、それを不思議に思っていた。

「つまり、あんた方ふたりの心は、お互い入れ替わってしまったということじゃな?」
老人はそう言って、眠っているように横たわる男に目をやる。
「そして、その女の心は、この男の身体の中にあるということか」
「いえ、それは」
女(心は男)は、少し言い渋る。。
「…… どういうことじゃ?」
「彼女の心は、どうやら、こっちみたいなんです」

そう言って自転車を指差した。

自転車のライトが、照れくさそうに点滅した。



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二人と自転車は、坂の頂上にやってきた。

“身体が入れ替わったきっかけが自転車なら、戻るのもまた自転車”
老人の言葉を思い出していた。

「じゃあ、行こうか」
自転車をぽんぽんと叩いてから、颯爽とまたがる女。
その荷台に括りつけられた男。

坂を覗き込む。
2メートル幅でまっすぐ伸びる雪の道。はるか先は、霧がかかってよく見えない。
ペダルに足を置いたまま、しばらく躊躇する。

本当にこれでいいのだろうか。
これで元に戻れる保証など、どこにもない。
というか、今度こそ死んでしまうかもしれない。
せっかく拾った命を、無駄に捨て去るだけの行為なのかもしれない。

ペダルを踏み込めないでいた。

しばらく考えていた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



雪が降り積もる長い長い下り坂。猛スピードで駆け抜けていくのは、自転車を抱えたスノーボーダー。

スノーボードのように見えたそれは、仰向けに寝かされた男の身体だった。

女は自転車を身体に括りつけ、男の腹に付けたビンディングで足を固定している。

雪を滑り落ちていく男の衣服は、摩擦でボロボロになっている。

二人は、覚悟した。

「遺言は!」
女の叫び声が響き渡る。風圧で目もロクに開けられない。
「ずっとお前が好きだった!」

…… ソノ言葉ハ本心デスカ?

女から突然、重力が奪われる。

坂の終端はジャンプ台だった。

二人と自転車は、宙を舞った。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



目を覚めると、そこはどうやら、森の中のようだ。

全身に鈍い痛みを感じつつ、目だけきょろきょろ動かして周りを見渡す。
遠くからわずかに光が射し込むだけの、薄い闇に包まれた森。
この空間は、取り囲む樹木たちに支配されているように感じた。
光も、闇も、空気さえも。

ぼんやりと薄暗いなか、目を凝らし続ける。

…… いた。

「ヤット、元ニ戻レタミタイ」
思わず独り言が漏れた。

少し離れたところに倒れている男と女を見つけ、自転車は近付いて行く。
作品名:自転車に死体 作家名:しもん