ギタリストに1輪のバラを 第5回 信じられない現実
ヒサトが「ひとみ」から薄紫色のバラのプリザーブドフラワーをいただいてから数日後のことである。タクヤは、考えられない光景を見た。何と、ヒサトがベッドの上に座り、鼻歌を歌いながらエアーギターをしていたのだ。しかも、ギターをかなり激しく振るようなアクションとともに、頭を左右に激しく振っていた。
「ヒサト、おまえ何やってんだよ」
タクヤの呼びかけに、彼は動きを止めて答えた。
「何って、ライブのイメトレだよ」
タクヤは苦笑いして
「あんまり暴れると、体に悪いぞ」
と言いながらも、確実にヒサトの何かが変わったと感じ取った。
次の日の8時30分頃、タクヤはヒサトの
「おはよっ」
と言う声に起こされた。彼は次第に目を開きながら、
「ああ、おはよう。…でもおまえ、よくこんな時間に起きれたな」
と言った。ヒサトは軽く笑って答えた。
「何だか早く起きれちゃった。ってかさ、朝飯、僕が勝手に作っといた」
彼はテーブルのほうを向いて言った。
「え、何だって」
タクヤはまだ何が何だかわからないまま、脱衣所に移動してそこで着替え、洗顔と整髪を済ませた。
タクヤがテーブルのそばまで行くと、既にヒサトが席に着いており、テーブルの上には適当にバターを塗られたトーストとサラダ、そして何かのシリアルがそれぞれ2人分用意してあった。
「これ…おまえが作ったのか?」
「うん、まあね。かなり雑だけど」
「いや、いいよ」
そんな会話のあと、タクヤはヒサトの横に座り、2人で食前の挨拶をしたあと朝食を食べ始めた。
食事中、タクヤが会話の口火を切った。
「そういえばさ、おまえ、ここんとこ、咳しなくなったな」
ヒサトが答えた。
「ああ、そういえばそうだね。今気付いた。あと、何だか最近、胸も痛くなくなったし」
「…本当か」
「うん」
これを聞いたタクヤは信じられない、と言いたそうな顔をしたが、すぐに穏やかな顔つきに戻り、スプーン1杯のシリアルを口に運んだ。
作品名:ギタリストに1輪のバラを 第5回 信じられない現実 作家名:藍城 舞美