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藍城 舞美
藍城 舞美
novelistID. 58207
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ギタリストに1輪のバラを 第3回 予想外の客

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 やがてヒサトの退院する日が来たが、今後も自宅療養が必要とのことだった。入院前と変わらない2人のギタリストの日常は、こうして戻った。ヒサトは、相変わらずあのバラ園と薄紫色の美しくも枯れそうなバラの夢を見た。そしてついにこんなことを話すようになった。
「タクさん、もしタクさんが仕事とかから帰ってきて、僕が死んでたらどうする」
 この問い掛けには、タクヤも体をぴくっと動かした。
「……そんなこと、実際にそうなってみないとわかんない」
 口では現実的なことを言ったが、彼自身の正直な気持ちでは、仲間の孤独死など想像したくなかった。その一方で、翌日、彼は暇ができると、自分たちのバンドのコピー元の某有名ロックバンドの暗いナンバーの引き語りをした。それはヒサトのほうを向いて歌わなかったものの、ヒサト本人には自分のことを歌っているように感じてならなかった。


 重要な出来事は、その翌日に起こった。午後2時半頃、タクヤとヒサトの住む部屋に、ドアフォンの音が響いた。タクヤがドアを開けると、そこには1人の女性が立っていた。その両手には、何かペールピンクの袋に包まれたものを持って。タクヤは一瞬
(ん?見ない顔だな)
 と思ったが、とりあえず落ち着いた応対をした。
「どちらさまですか」
 女性は答えた。
「私、階上に住んでおります、『ひとみ』と申します」
(上の階に、こんな人が住んでるのか)
「ああ、どうも」
 「ひとみ」と名乗るその女性は、弱々しい声で言った。
「ご友人が、病気ですとか…。お察しします」
 タクヤは一瞬、この人、何でヒサトが病気なことを知ってるんだと疑問に思ったが、アパートの住人の中にはこういう情報通が1人や2人はいるものだと自分で答えを出した。
「はい、ありがとうございます」
 彼女は話を続ける。
「そこで、私からお見舞いに、こちらを差し上げたいのですが…」
 彼女は手に持っているペールピンクの袋をタクヤに見せた。彼は疑うような顔をしたが、改めてこの女性を見ると腹黒い感じがしないし、シンプルながらも丁寧なラッピングを見ると、彼女の好意は本物だと判断した。
「ご丁寧にわざわざありがとうございます。でも彼、今寝てるんですよ」

 ひとみは少し残念そうな顔をした。
「あ、そうですか。では、この品をあなたのほうで預かってもらえませんか」
(ええっ!?普通なら、「後日またお伺いします」とかって言って直接本人に渡すだろ…)
 タクヤの顔に困惑が戻った。
「え…」
「私も、いつ『向こう』へ行くかもわからない体ですので…」
 「いつ『向こう』へ行くかもわからない体」という言葉を聞いた途端、タクヤは不安の針で胸を深く刺されたような気分がした。もしかすると、この人も何か重病を抱えていて、同じ境遇にあるヒサトへの思いを形にしようとしているのかもしれない。また、仮にここで彼女を追い返して、そのうえ明日ヒサトとこの人に最悪の事態が起こったら…と想像するだけで、こちらの呼吸さえ止まりそうになる。

 タクヤは何かを決意した目つきで一度深くうなずき、
「わかりました。預かります」
 と言って両手を差し出した。ひとみは、
「あ、ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
 と言いながらお見舞いの品を彼に渡し、丁寧に頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます。それでは、私はこれで」
 ひとみは丁寧におじぎをすると、早足で去っていった。

 去りゆくひとみを少しの間見届けたあと、タクヤは室内に入った。