10月なったら彼女は
第1章「桜が咲く頃に」
20年前は俺が高校2年、16歳の頃だった。
宮崎を代表する神社として有名な宮崎神宮のすぐそばにある大宮高校に通っていた。この大宮高校は、県内屈指の進学校として名を馳せていたが、実際に通っている俺たちからすれば、そんな自覚は全くない。授業はかなりハードだったけど、教師の目を盗んでは遊んでいた。
まあ遊んでもそれなりに勉強ができるやつが集まっていたということもしれないけど、俺はそんなエリートなやつらとは違い、遊んだだけ成績が落ちていくというごく平凡なやつだった。
部活に恋愛、まあ楽しいことはたくさん転がっていた。
彼女がほしいと息巻いて、それでも全く収穫なしだった1年生。一緒に馬鹿やるやつが多くて、そして女子も多くて宿泊学習も楽しかったけど、浮いた話の1つもなかったという顛末だよ。
今度こそはと期待をかけた2年生。理系コースを希望したのが運の尽き。45人中、5人しか女子がいないといういわば男クラといってもいい位、男臭いクラスに入ってしまった。それを知ったとき、マジで涙がこぼれたよ。この1年間も恋愛なしかってね。
1年の頃の悪友はみんな文系を選びやがった。女子ばかりだよ。もう文系クラスは、教室の香りから違う。女子の香り。それに引き換え俺のクラスといったら……
もうしょうがない。諦めるしかない。それに新しいクラスでは、知り合いが少なくて、なんかうまが合わない。やっぱり理系の人とは気が合わないのかなと思うスタートだった。だからかな、1年の時とは違って、違う集団との付き合いが増えていった。
そのうちの1つなんだけど、俺は1年の頃から委員会活動を頑張っていたんだよね。美化委員会ってやつで生徒を真面目に掃除をさせることだったり、掃除道具を管理したりという具合に、掃除全般を担当するってやつ。大宮高校は、名門校だという自負からか、伝統として「自主自立」を校風にしていて、生徒が生徒を管理するというのが特徴で、時には委員会の委員長が教師よりも権限をもつことがある。
例えば、髪型とか服装とかの検査で有名な風紀検査も、風紀委員がやるのであって、教師はしない。というか、教師よりも風紀委員のほうが厳しい。そもそも風紀検査に教師が1人も立ち会わない。なんとも不思議な高校だった。
総務委員会、いわば生徒会は、全生徒から尊敬のまなざしを向けられる。そういうものなんだよね。
だから、たかが委員会なんだけど、やりがいはとてもあった。まあこれも発端は俺が進んで入ったのではなくて、じゃんけんに負けたというのが真相なのだが……
この委員会の仕組みは面白くて、図書委員会とか保体委員会など様々な委員会があるんだけど、クラスで2人ぐらい必ず所属しなければならなくて、全員どこかの委員会に属する。その中でも、学年で6名ずつ常任委員といういわば自治側のメンバーが選出される。
通常委員はいわば、管理される側の代表。代表委員は管理する側になる。俺はその管理する側の常任委員として1年間頑張ったわけ。そして2年になった今、俺の学年から委員長と副委員長が選出される。どうせやるなら委員長をして、美化委員会を動かしたいわけ。
というわけで、学年が始まって5日目の放課後、第一回常任委員会が行われた。2年は去年と3人が同じメンバー。これは俺含め、1年の時に常任委員として楽しくしていたお約束メンバー。そして1年は当然新しいメンバー。入学したばかりだから、右も左も分からずにオドオドしているな。まあ初々しい。でも生徒が自治していくことに違和感を感じるだろうね。だって中学ではありえない制度だから。
まずは自己紹介。1年は緊張で固まっているから、2年から。
「2Cの西内拓哉です。去年も常任委員をしていて、その時は学年委員長をしていました」
西内、つまり俺ね。1年の常任委員の代表をしていましたということ。まあ、特に学年委員長の仕事はなかったけどね。あ、学年行事の時、遠足とかでゴミ拾いの注意点をマイクで話したな。それぐらい。
「2Fの由布宗春でーす。よろしくっす」
こいつも去年から常任委員しているんだけどとにかく変わり者。掃除時間にずっとサザエさんの韓国語バージョンをうたっていて、急に漢文を壁に書き出す。掃除時間なのに汚くして、きれいにするのは俺というシュールな関係。最近では論語がマイブームらしい。お願いだからレ点とか打ってくれよ。白文じゃ読めないからと懇願しても聞いてくれない奇特な奴。
「2Iの佐藤絵里です。私も去年から常任委員やっています」
この人は、演劇部の部長をしいてキングオブ文化部。いつも本を読んでいてあまり話さない。でもなぜか俺たちの馬鹿話やおふざけに付き合ってくれる変わった人。I級って文系特クラなんだよね。頭もいいという羨ましい限りです。
そして新入りの2年が終わり、いよいよ1年にバトンが渡された。どういう感じで自己紹介するのかにやりとしながら眺めていると、1人の女子が俺をじっと見つめている。でも俺と目が合うと慌てて目をそらす。
――――なんだこいつは
と、怪訝な顔してみると、なおのこと、目をそらし挙動不審になる。でも、なんだか初めて会った気がしない。だからこそ、更に目を凝らしてその子を見る。するとプレッシャーに耐えられなくなったのか、まるっきり後ろを向かれてしまった。
それがよほどおかしかったのか、みんなが俺とその子を見つめた。
「ちょっと先輩! モモちゃんをいじめないで下さいよ!」
2年相手に物怖じせずに突っ込む女子。それは、まだ自己紹介の途中だった河瀬愛だった。
こいつは、ショートカットでボーイッシュ。後から聞いてみると佐藤と同じく演劇部に入ったようで、佐藤から常任委員に誘われたようだった。
「ほらモモちゃんも、後ろ向いていたら自己紹介できないじゃん。怖い先輩に睨まれたからって怯えなくてもいいじゃん」
「睨んでないんですけど……」
「怖い顔してましたよ。やめてくださいよ全く」
こいつちょっとは物怖じしてほしいものだ。そう思いながらもこれ以上こじれたらそのモモって子が怯えるのでやめてみた。
「拓哉がそんな顔するの初めてみたねぇ。これって一目ぼれですかい?」
「おい! 由布何言ってるんだよ。一目ぼれでも威嚇でもないって」
と、弁明すると、冷たい視線を送る佐藤が
「そんなのどうだっていい。早く自己紹介しましょう」
と言い放ち、みんな固まってしまった。一番怖いのはこいつかもしれない。
その後、佐藤の言葉に促され、モモと呼ばれる女子が口を開いた。
「あ……あの……先ほどご紹介に預かりました」
「誰も紹介してないんだけど……」
「由布君?」
ニッコリしながらも冷たい佐藤の笑顔が由布に刺さる。
「わ……私は……きゃ!」
モモと呼ばれる女子は緊張のためか、目の前の机につまずいて倒れこんでしまった。周りにいた佐藤や由布が手を貸そうとすると、モモと呼ばれる女子は、すごい形相で思いっきり振り払い
「だ……大丈夫です!」
と言うと、今度は、先輩2人の手を払ったことを悪いと思ったのか
「ごめんなさい!」
と言いながら土下座をした。
「…………」
皆、何も反応できず、無言になるほかなかった。その沈黙を断ち切るように
作品名:10月なったら彼女は 作家名:仁科 カンヂ