ワタシタチ。
月の側面
―――こんなに泣いたのはいつぶりだろう。
「煙草、一本、ちょうだい。」
バイトの休憩中、細く白い腕が僕の身体にゆっくりと伸びてきた。
「綾美ちゃんって吸ってたっけ?」
確かそんなことを聞いた気がする
だけど彼女は僕の問いに答える様子もなく、
「ねえサトシさん。」
「ん?」
「別れたの、わたし。」
自分の別れ話をしてきた。
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『月の側面』/ meluco.
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「え、それって..」
「金井サン。」
「金井サン」とは、僕たちの働いている居酒屋の店長のことだ。
まだ24歳で、実家は金持ちのイケメン。誰が何と言おうとこのバイト先..いや、少なくとも僕の友人の中でも彼に敵うやつはいない。
女子の憧れってものだ。
「どうして別れたの?」
吐いた煙がさみしそうに夜空へと消えていった。
「なんでだと思う?」
なんだそれ。
「んー、」
「時間切れ。」
「まだ10秒も経ってないよ..」
「振られたんだよね。」
そう言うとバイト着のポケットから
くしゃくしゃに丸められた一枚の紙を取り出した。
「なに?それ。」
「金井サンが別れるその日にくれた手紙。」
彼女は吸っていた煙草を灰皿へ押しつけ両手で広げた。
「僕見ていいの?」
「じゃなきゃ今広げてないし」
「あっ、そっすね..」
《 月の側面 》
「これだけ?」
「そう。」
「何、月の側面って。」
「わたしにも分からない。」
何かの小説?歌詞?
店長ってポエマー?えなに?僕には理解不能でその...
「ちょっと怖いんだけど..」
「黙って。」
「うっす。」
ツキ ノ ソクメン
全くもって、店長が彼女に伝えたかったことが分からない。
「でもさあ」
そう言って夜空を切なそうな顔で見上げた彼女は
ゆっくりと瞼を閉じた。
僕も彼女につられるように夜空を見上げた。
ひどく綺麗な三日月が
街を、僕たちを、照らしていた。
「月に側面なんて存在しないのよ。」
「そうなの?」
「知らないけれど。」
「宇宙ネタって、ホラーより怖い。」
「それは、なんとなく分かる(笑)」
果てしないんだよなぁ
...あ、
泣いている。
「大丈夫?」
「うん。」
「考えろって事だよなあって、思ったんだよ。」
きっとずっと我慢をしていたのであろう
蛇口の栓が緩んだように溢れ出す涙が彼女の頬を濡らし続けた。
月の、側面。
きっとそれは彼から彼女への例題で
「届かないひとだったのよ。」
自分が一番近くにいられる存在だったとしても
すごく、遠い存在だったのだろう。
バイトが終わり、終電の時間まで残りわずかというのに
僕はゆっくりと駅まで歩き
時々残酷にも光り輝く月を見つめながら音楽を聴いていた。
僕にも来月で二年目になる彼女がいるし
なんとかギリギリのラインで入学した大学も
決してうまくいっていないわけではない。
馬鹿みたいに騒げて気軽に付き合える友人達にだって恵まれている。
だけどなぜだか、その夜はひどく切なかった。
僕は見上げなきゃ音もせず気付きもしない流れ星を必死に探した。
見つからなくても良かった。
友人と言えるには程遠い「バイト仲間」の彼女が
またちゃんと笑えますように、と
スクランブル交差点でたくさんの人とすれ違いながら
僕はそっと彼女のことだけを考え願ったあの日は
本当に月がひどく綺麗な夜だった。
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