イライライライライライライラ
そんなわけで、普段スピリチュアルなことを疑う俺が
こうして「怒りを忘れる銭湯」にやってきたのも自然なこと。
「本当に怒りなんて取れるんだろうか」
銭湯に入ると、湯船はまさかのひとつ。
なんかもうそれだけでキレそうになる。
「まあ、入ってみるか」
お湯に浸かってみると、さっきまでのイライラはどこへやら。
穏やかな気持ちにどんどん浸っていく。
「こ、これはすごい……怒りが溶けるようだ」
つい数分前までは、
むかつくクソ上司に毒づいてばかりだったのに
今ではすっかり穏やかで安らかな気持ちになっている。
「お気に召しましたか?」
銭湯の番頭だろうか。
しわくちゃのおじいさんがやってきた。
「ええ、すごく大満足です。噂は本当だったんですね」
「良かったらお風呂上がりに、ここらへんで採れる水を使った
おいしいビールがありますからどうぞ」
「それはいい」
風呂から出ると、ビールを買って飲んだ。
他では味わえないビールに思わず声が出る。
「っかぁ~~!! いい!! すごくいい!
ストレスも抜けて、ビールも飲めるなんて最高だ!!」
嫌な上司への怒りが消えて飲むビールは最高だ。
俺はすっかりこの銭湯のとりこになっていた。
ある日、貸切のタイミングを狙うため
いのいち番に銭湯へやってくると、おじいさんが入浴剤を入れていた。
「その入浴剤は?」
「ああ、これが魔法の粉なんじゃよ。
お湯の成分で、怒りがお湯の中に浮き出していくんじゃろ?
でもこの入浴剤がそれを中和して、お湯にためないようにするんじゃ」
「……ところで、今日はビールはいるのかの?」
「ええ、風呂からあがってからいただきます」
入浴剤が入っているなんて知らなかった。
でも、入浴剤が入っていなかったらと思うと怖い。
風呂に入った人の怒りや憎しみが、そのまま湯船に貯まるんだろう。
そんなものに入ったらどうなるか……。
「いや、待てよ?」
煩悩から怒りまでごっそり溶け落ちた俺の頭に、
上司をぎゃふんといわせる方法を思いついた。
そう、上司を怒り風呂に入れればいい。
きっと見たこともない醜態をさらしてくれるだろう。
その日はビールを飲んで普通に帰った。
「課長、お疲れでしょう? 一緒に銭湯行きませんか?」
「ふん、まあいいだろう」
その上から目線。それがむかつくんだ。
俺のストレスの80%はお前の態度からなんだぞ。
怒り銭湯にやってくると、上司もさすがに知っているようだった。
「ああ、ここか。噂には聞いたことがある。
湯船につかると怒りを忘れるんだろう?」
「ええ、ですから今日は課長もゆっくりしてもらって
日々のストレスをこのお湯の中に溶かしてほしいなと」
「無能のくせに気が利くじゃないか」
ふふふ、今に見てろクソ上司。
実は、今朝こっそり銭湯にしのびこんで
入浴剤をただの粉とすり替えておいたのさ。
つまり、今のお湯にはたんまり中和されてない「怒り」が溶けだしている。
「ささっ、課長。どうぞどうぞ」
「よっこいしょっと」
上司がなんの警戒もなく湯船に入った瞬間。
「いたたたた!! 痛い痛い!!」
熱湯にでも使ったように上司は飛びのいた。
「あっははははは! ざまあみろ! 作戦成功だ!!」
たっぷり怒りが溶けた湯船はあまりに刺激的。
ちょっと浸かっただけでも、刺すような痛みが突き抜ける。
上司は肌を真っ赤にして脱衣所に駆け込んだ。
俺は湯船につかっていないのに、怒りがすっとなくなるのがわかった。
「いやぁーー大満足だぜ! あっはっはっは」
俺は風呂を出て、番頭の方にやってくる。
「番頭さん、ビールを1杯。
今のこの最高の気分で飲みたいんだ」
「はいどうぞ。できたてですよ」
乾いたのどにビールを流し込んだ。
最高の気分に……。
「げほっ! げほげほ!? な、なんだぁ!?」
のどを刺すような痛みが走った。
「これまさか……」
"ここらへんで採れる水を使った
おいしいビールがありますからどうぞ"
なんの水かわかった瞬間、俺はそのまま倒れた。
作品名:イライライライライライライラ 作家名:かなりえずき