妙に気になる言い方しないで!
朝食の席で妻が言った言葉に手が止まった。
「え? な、なに?」
「……ここじゃ、ね。後で話すから」
額を嫌な汗が流れる。
話ってなんだ。
別れるとかか? でもそんなそぶり無かった。
子供ができたとか? でもそんな雰囲気じゃなかった。
しゃ、借金とか……!?
ありとあらゆる自分の善行・悪行をリストアップ。
いったい妻は何を話す気なのかと緊張した。
「……私、旅行に行ってくるから」
妻は部屋にあるツアーの雑誌を見せた。
女友達と3泊4日の旅行に行ってくるんだそうだ。
「……え? 話って?」
「これよ。旅行言っている間、家のことお願いね」
「それだけ?」
「それだけよ」
なんだかすっかり安心した。
変に勘ぐって悪いニュースばかり考えてしまった。
「あと……」
妻はぽつりと何か言いかける。
「……ううん、これはやっぱり帰ってきてから話す」
「え!? なに!? なんなの!?」
なんだ、今度はいったいなんだ!?
まさか浮気がばれたのか!?
俺のタンスに隠しているセクシーDVDが見つかった!?
「最近……カラスのゴミ荒らしがひどいの……」
「えっ」
「うちの前までゴミが広がっているのよ、本当に迷惑してるの。
ホント、何とかしてほしいわ」
「あの……話って、それ?」
「ええ」
「紛らわしいから溜めないで言えよ!!
たいしたことない情報はサラッと言ってくれよぉ!」
「なによ、この家にとって大事なことじゃない!」
変に間をあけてしゃべられるもんだから、被害妄想がフル回転する。
本当に心臓に悪い。
翌日、妻が旅行に行ってしまうと家は俺一人きり。
まさにパラダイス。
久しぶりに自分の好きなようにできる。
「あ、もしもし? 早苗ちゃん? 今から家に来ない?」
さっそく浮気相手に連絡。
ウキウキで待っているとインターホンが鳴った。
「はぁい、愛しの早苗ちゅわぁ~~ん♪」
「早苗ちゃんじゃなくて悪かったですね」
「お、大家さん!?」
怒り顔の大家さんが玄関に立っていた。
「あなたにどうしても言うことがあるの」
「え゛っ……」
なんだなんだなんだ。
浮気をバラされたくなければ家賃2倍……。
いや、実はこの部屋には幽霊がいるとか……。
ま、まさか、この部屋から追い出される……!?
「あなたでしょ。今日もえるゴミ出したの」
「燃えるゴミ?」
「困るんですよ、回収日と違う日にごみ出されると。
カラスの被害もあるでしょ? 困りますよ」
「話って、そんなことですか?」
「そんなこととは失礼ですねぇ、こっちは大事なことなんです。
いいですか、ごみはちゃんと決まった日に……」
「あ、それうちじゃないです、たぶん隣の人かと」
「あらそうなの。ごめんなさいねぇ」
変に「どうしても言うことがある」なんて言われたから構えてしまった。
単にゴミを間違った日に出すとかその程度の話かよ。
一瞬、この部屋から追い出されるものかと焦った。
数分後、浮気相手の早苗ちゃんがやってきた。
「早苗ちゃん、待ってたよぉ~~ぼく、寂しかった~~」
「……その前に、ちょっといい?」
声を低くした早苗ちゃんのマジモードに俺も緊張する。
妻と別れてほしいとかか……。
まさか子供ができたとか……。
も、もしや、この関係を妻に話しちゃったとか!?
「この家の隣の人、たばこ吸うの」
「…………話ってそれ?」
「ちょっと! 私がどれだけたばこ嫌いかわからってる!?
この部屋の隣の人と来たら、窓からたばこ捨てるのよ!
ホントありえない! あの匂い、だいっきらい!!」
「まあなんていうか、その程度の話で安心したよ。
俺の人生が大きく狂うほどの話が出るかと思ったから」
「私にとっては大事なことなのよ!」
もう変に溜めて離さないでほしい。
こっちは、いちいち緊張するものんだから心臓負担がすごい。
でも、さすがにもう慣れた、
今度はどんな前置きがあったとしても驚かない。
どうせくだらない、大したことない話だろう。
大したことだったとしても受け止めてみせる。
「ねぇ、外いこうか」
気分を変えるために、早苗ちゃんと一緒にショッピング。
買い物をしていると、彼女は「あっ」と声を出した。
「どうしたの?」
「……今、思い出したんだけど……ううん、やっぱりいい」
また溜めやがって!!
こっちは変に緊張するからやめてくれ!
……と、言いたいところだがもう慣れている。
おおかた大したことのない発表なんだろう。
「気になるよ、話してくれる?」
「じゃあ……」
くだらない話なんだろ!?
「今、道路を走っていった消防車、あれ元カレ乗ってた」
「……ソウカーソレハヨカッタ」
ほらね。
やっぱりくだらない情報だ。
「私の元カレね、消防士になりたいって言ってたの、
で、今日はベテランがいないから研修してるんだって」
「ソウカーソレハヨカッタ」
心底どうでもいい。
どこぞの消防士が研修中だろうが知ったことじゃない。
もう何が起きても驚かない。
「……それとね、今まで黙っていたことがあるの」
ハイ来た。またこのパターン。
深刻そうに話す早苗ちゃんに演技くささすら感じる。
どうせおなか減ってるとかどうでもいいことだろう。
まあ、社交辞令的に聞いておくか。
どうせ聞く価値もないような、たいしたことない情報だろうけど。
「黙っていたことって、なに?」
「あの燃えている家……あなたの家じゃない?」
早苗ちゃんが指さした方角では、俺の家が燃えまくっていた。
焼け落ちた後で聞いた話では、
出しっぱなしだった燃えるゴミがカラスに荒らされて、
俺の玄関の前にまで広げられたゴミに、
隣の住人のポイ捨てしたタバコが引火して導火線式に火事になったらしい。
「今までの全部、たいしたことある話じゃないかぁ!!」
財産のほとんどを失われた後で、話を聞き流した自分を後悔した。
作品名:妙に気になる言い方しないで! 作家名:かなりえずき