ここに来た10 福州
10 福州(中国 福建省)
台湾と海峡を挟んで対岸に位置するこの街は文化的に近く、台湾滞在経験の長い私にとっては過ごしやすい場所だ。
日本人にはあまり馴染みのない街だが、学生時代の大親友が、ここで会社を経営し大成功しており、久しぶりに彼と飲むのも楽しみだ。
今回はビジネスで来た。
自分でデザインした製品の金型を製作する工房との打ち合わせのためだ。
近代的な街なのに、連れて行かれたのは畑や沼地が点在する郊外の廃屋のような工場だった。レンガ造りの建物の壁はところどころ崩れ落ちており、穴が開いている。
作業者は皆、汗と砂埃にまみれ、機械のオペレーターは油で真っ黒だった。
ここで大丈夫かと心配になったが、これが彼らの普段からのスタイルだという。
でも私が注文したサンプルの仕上がりは見事だった。しかも日本製の5分の1の価格だ。
作業者たちも話してみれば、明るくいい人ばかりで、今回の製品に彼ら自身も期待しており、意欲に満ちている気がした。
午後に貿易会社のコーディネーターに付き添われ、街を案内された。
福建省と言えば、ウーロン茶。これは私の趣味だが、高級茶店で味見だけして、問屋街で購入することにした。
問屋街にはありとあらゆるものが売られていた。工業部品から貴金属、食品から観賞魚や電化製品。なんでも格安で手に入る。
しかし、驚いたのはペットとして柴犬が売られていたが、すぐ近くの肉屋では、柴犬を食用として店先で解体していたことだ。
そんな場所で、気に入った茶道具一式と高級茶をお土産に購入した。
そして、ほんのついでに親友の6階建ての会社を見学したら、私のために社員全員の制服を新品に換え、各部屋を巡るごとに、作業者は仕事の手を止め、起立して挨拶をしてくれた。
日本から一度訪問すると言った友人は大勢いたが、本当に来たのは私一人だけだそうだ。
その夜は、親友と二人して高級ホテルのラウンジで、チャイナドレスの女性に囲まれ朝まで飲み明かした。
一つの街の中で、あらゆるレベルの人たちが、一所懸命に生きているのを感じた。
作品名:ここに来た10 福州 作家名:亨利(ヘンリー)