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中川 京人
中川 京人
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2016年8月出来事ですらなし

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私事。

 八月初旬のある晩、自宅で十一年間も働いてくれた有線ルータが静かに壊れた。電源を入れ直してみても、最初の七分間しかもってくれない。
 こんなことは、いままでになかった。そこで、同種の新品に買い換えることにした。それで繋がれば、ルータの経年寿命のせいでもあろうが、もしそうでなければ、これは光ケーブルのモデムから向こう側の業者の責任ではないかと思ったのだ。
 旧式とはいえ現役の機種でもある。企業や学校で高いシェアを誇るこの定番ルータに突然の異常は考えにくい。異常があるのはもっとネットに近い側だろう。自分の内部では、この「モデムから向こう側のせい」という結論が、妖しく魅力的だった。
 ネット環境の恢復を望む気持ちと、逆に、この前兆のない不具合の原因を光ケーブル側に求める気持ち──ルータの交換だけでは解決しないでほしいという気持ち──がないまぜになったまま、自分はルータを新品に取り替え、しかるべき設定を行った。
 はたして症状は一向に改善されなかった。きっかり七分間でいと乞いをする。へっ、やっぱりモデムのせいか。ファームウエアを更新した。ケーブルを変えてみた。プラグの差込位置も変えてみた。ふん、モデムのせいなんだから、何をやっても症状はかわらない。
 自分は確信に満ちた足取りで、新旧のルータの箱をかかえて、モデムの配給者でもある地元のケーブル業者を訪問した。自分の中では、ほぼ原因は決まっていた。モデムの動作不良か、あるいは広域ネットワークの設定の変更のどちらかに決まっている。
 ところが、光ケーブル側の担当者が半腰になってぬかすには、うちでは設定の変更はいっさい行っていないし、おたくが言われたようにルータなしでモデムとパソコンを直結で繋いでも問題がないのであればモデムのせいとも考えにくい、必要があれば提携している業者を派遣するが、原因がお宅の側にあるのであれば所定の料金の請求をさせていただく、などと、驚くべき回答を繰り返すのである。
 やや、新品のルータのせいだというのか? じっさい、お盆が過ぎてのち、提携とやらで派遣されてきた通信業者のおっちゃんも、徳川家康みたいに傲然と腕を組んで、そりゃじゅうぶん考えられますなあ、などと憎たらしいことを吹かす。そればかりか、いいですか見ててくださいよと、手前で持参したパソコンとルータでもって目の前で組み上げられた即席の家庭内LANは、ファームウエアによる設定すらせずに、正常に動作しているようだ。憎らしくも感心である。
 もはやしかたがない。このルータの製造元、老舗メーカーには信頼を寄せていたのだが、販売店に始終を話して、今度は同じメーカーの上位機種を選んでみた。
 すると、いままでの難渋がうそのように、サクサク動くのである。
 販売店の兄さんは、初期トラブルという扱いにしますから差額だけの負担でいいですよとおっしゃってくれた。
 よかったじゃないのと周りは言う。
 なかなか。腑に落ちない。
 あの晩、それまで四千日も動き続けて、老衰のように静かに逝ったルータを、同種の新品に替えたら初期トラブル?
 それ、ちょっと飲み込めんなあ。
 あの晩、光ケーブル業者がひそかに、ちょこっと設定を変えていたんじゃないかと、いまでも自分は疑っている。ひとには言わんけど。いまどき有線ルータなど使っている個人はおらんから、クレームとしては出てこないのだろう。
 まあ、もとどおりネットが繋がった以上は、それはこれで解決したと言えるんですが。

 さても忙しい八月よ。こんどは自然に奥歯が痛くなってきた。
 二十三年も前に根治して金属をかぶせてある左上の奥歯が、少し堅いものを噛むだけで痛みを感じる。指で上に押し上げても鈍痛がする。
 このさい抜いて新品と交換するぜよ、というわけにもいかない。
 近所の歯医者にかかり、レントゲンで撮ってもらったのだが、歯根に問題があるのでしょう、抜くのはもったいないが、被せてある金属のさらに下の処置を取り去れるかどうかがねえ……と、はっきりしない。
 とりあえず、出過ぎていた金属部分を例の回転工具ですりおろしてもらったのだが、それでも、噛むときの痛みは、だいぶ楽になった。それどころか、治療費を払い、歯医者の扉を押して出るころには、痛みは半分くらいに減っている。
 ──先生ありがとう。ありがとう、先生。
 自分は、自転車こいで自宅に帰りながら、素直な小学生のように、歯科医に感謝の意を心の中で繰り返した。
 空が青いなあ、ごはんがおいしいなあ、ネットは楽しいなあ、人生ますます──。歯も、ルータも、このまま何事もありませんように。
 八月が終わる。痛みは少しづつ治まっている。