生まれ変わっても この源氏とは
2 今は鬼とも蛇とも呼べ
(1)
母亡き貴女を
一身に
庇護しつづけた
祖母の宮が
他界されたと
聞いた私が
悠長に
座視など
どうして
していられよう
一刻の
猶予とてない
生まれてこの方
疎遠つづきの
父宮が
遠からず
貴女を手元に
引き取るだろう
そうなっては
すべてご破算
その前に
私が貴女を
引き受ける
二条の院へ
私の邸へ
迎え取る
衣食住など
言うに及ばず
一人前の
礼儀作法や
上流社会に
伍し得る教養
人後に落ちない
気品と雅に
至るまで
その全てに
私が貴女の
世話役となる
決して貴女に
失望させない
世話役となる
とはいえ
それは
私の理屈
頑是ない
寝ぼけ眼の
貴女を
夜中に
抱き上げて
車で邸に
連れ帰るなど
卑劣な狼藉
無法きわまる
かどわかし
それどころか
貴女の歳など
知る由もない
世間が聞いたら
言うだろう
地位と金とに
物を言わせた
色好み
ここに極まれりと
それでもいいと
納得ずくの
蛮行だった
変事と悟った
貴女の抗議の
泣き声を
抱き上げた
懐の中で
耳にしながら
表の車に
乗るが乗るまで
女房どもの
狂わんばかりの
制止や悲鳴を
前後左右に
耳にしながら
それでもいいと
今は
鬼とも蛇とも
呼べと
気がすむまで
私を
悪者呼ばわりしろと
納得ずくの
蛮行だった
父宮に
先んじられては
万事休す
たとえ
血筋の
家族であろうと
他人に貴女を
取られたくない
他人が育てた
貴女など
見たくはない
貴女は
私が育てたい
父になり
母になり
兄にも
師にも
友にもなって
生いゆく
貴女を
眺めたい
蕾がやがて
花とほころぶ
変化の妙に
目を細めたい
その一念の
蛮行だった
(2)
それにしても
幼きことは
ありがたきこと
あっという間に
貴女は
馴染んで下さった
二条の院にも
この私にも
邸に帰った
私を迎えに
いの一番に
走り出て来て
広げた私の
懐に
真っすぐ
笑顔で
飛び込んできて
下さった
無垢で
利発で
鷹揚で
気が利いて
大人顔負けに
勘は鋭く
かと思えば
頬を赤らめ
みるみるはにかむ
日々の
貴女の
一挙一動
祖母宮を悼む
喪服の色の
痛々しさを
補ってなお
余りある
魅力があった
掌中の
玉だった
幼い貴女の
生い先を
我が手元でと
もくろんだ身で
支離滅裂な
繰り言なれど
願わくは
あの頃のまま
時が止まって
いてくれたなら
願わくは
貴女をずっと
十かそこらの
幼女のままで
神が
とどめ給うたなら
貴女と私は
永遠に
父娘として
兄妹として
穏やかな日々を
過ごせたろうに
愚かな私が
今日ここまで
犯した数多の
罪業に
罪なき貴女が
妻たるがゆえに
苦しむことも
なかったろうに
作品名:生まれ変わっても この源氏とは 作家名:懐拳