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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅴ

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(第六章)ブルーラグーンの戸惑い(1)-ランチでの噂話②



「美紗ちゃん」
 いつもは快活な吉谷の妙に暗い声に、美紗は縮み上がった。返事をする声が掠れた。
「私の友達だった人の話、聞いてくれる?」
 まつ毛の長い大きな目が、じっと美紗を見つめる。
「五歳下だけど同期だった子がいてね、ずっと8部で一緒に働いてたの。年の割にはデキる子だったんだけど、……同い年の彼氏がいたのに、彼氏と別れてまで、同じ部にいた家族持ちの四十代と付き合い出しちゃって」
 美紗はごくりとつばを飲み込んだ。

『彼女は情報のプロだ』

 以前、日垣が吉谷を評した時の言葉が思い出される。美紗は、急にいわくありげな昔の話を始めた大先輩の意図を、必死に探ろうとした。しかし、社会に出て数年の人間に、憂いを映す吉谷の瞳のその奥を推測することは、できなかった。

「相手のほうは、最初は『お食事止まり』のつもりだったみたい。でも、同期の子はもともと押しが強くて、あまり周囲の目とか気にしない性格だったから……」
 吉谷の話では、かなり昔に不倫事案を起こしたというその友人は、当時、二十九歳だった。統合情報局に配置されてから四年足らずで、吉谷と同時に、ヒラの事務官から下級幹部待遇の専門官に抜擢された。
 二人は、良きライバルとして、順調にキャリアを積み上げていった。しかしある時、同じ部に海上自衛隊の3佐が転属してきた。都会的な風貌のその男は、自衛官には珍しく、かなり遊び慣れたタイプだったらしい。彼と吉谷の同期が、単なる仕事仲間から親しい間柄へ、そして、夜を共に過ごす関係になるまでの期間は、異常なほど短かった。
 吉谷は職場の異変にすぐに気付き、好ましくない噂が部内に流れていることを、たびたび本人に忠告した。しかし、その時すでに、彼女の同期は、理性的な判断力を失っていた。