死後披露宴の絶望
「こちらをどうぞ。みなさん霊体ですから」
受付でメガネを渡されてつけると、
半透明な幽霊たちが式場を埋め尽くしていた。話し声まで聞こえる。
壇上には俺の父親が幸せそうな顔をしてマイクを持っている。
「えーー、このたびは、私の死後結婚式に
参加いただきありがとうございます。
妻のモロロン・マンリーと幸せな家庭を築いていきます
「ハ~イ。ジャパニーズハラキリ~」
親父の横にいるのはまさかの大女優。
死んでいるとはいえ、こんな人と結婚できるなんて!
結婚式がなごやかに終わると、俺はすぐにパソコンを開いた。
「ねぇ、何してるの?」
「ああ、いや何でもないんだよ、里美。
ちょっとした調べものさ」
まさか、プロポーズしている彼女に
"死後結婚について調べてます"とは言えない。
調べてわかったことは、死後結婚には特別な同意がいらないことだ。
死人に口なし。
結婚しようと思えば、いくらでも結婚できちゃうのだ。
「親父はすでに死んでいたけど、俺はまだ死んじゃいない。
ようし、今のうちにあの世の花嫁探しだ」
「さっきからなにぶつぶつ言ってるの?」
「ななななな、なんでもないよ!?」
なんやかんや言っても、あの世で添い遂げるなら有名人がいい。
俺は不慮の事故でなくなった、大人気アイドルの墓にやってきた。
あまりの人気にまだファンがいるほど。
「ようし、この子とあの世で結婚できたら最高だ」
死後婚姻届けを墓に備えて、結婚完了。
彼女の里美には何も話していないけど、あの世でも同じ人と一緒なんて飽きる。
翌日、テレビは大変なにぎわいになっていた。
『あの大人気アイドル! 松田明菜さんがついに結婚しました!』
『お相手は一般男性です!!』
『さっそく現場に直撃しましょう!!』
「も、もう話題になってるのか!?」
甘く見ていた。
伝説のアイドルというだけあって、たかだか早い者勝ちの死後婚。
それすらも、ネタに飢えているマスコミは格好の標的だった。
家の前にはぐるりと報道陣が押しかけた。
彼女が仕事でいないのが幸いだ。
「どうして結婚したんですか!」
「あの世ではどんな生活をしたいですか!」
「結婚を決めた要因は!!」
「取材はやめてください。次来ると訴えます」
彼女にばれたら元も子もない。
報道陣は蜘蛛の子を散らすように消えていった。
けれど、1人だけフードをかぶった怪しい女が遠くに立っていた。
翌日も、その翌日も、怪しい女はずっとこちらを監視するように立っていた。
その明らかに尋常じゃない空気感にぴんときた。
「まさか……アイドルのファンだった子か……!?」
まずい。行き過ぎたアイドルへの愛が、俺との結婚を認められないとか。
ファンのストーカーが有名人を殺すやつだ。
慌てて警察にかけこんで事情を話した。
「……というわけなんです!! なんとかしてください!」
「はぁ、何とかと言われてもねぇ。事件はまだ起きてないでしょ」
「は?」
「事件も起きない、被害者も出ないかもしれないところに行くのは
時間と労力の無駄なんですよ。仕事も溜まってるし……」
どんなに言っても警察は動かなかった。
「じゃあ、事件が起きたら言ってくださいね」
「それじゃ遅いわ!!」
警察に毒づいて、家に帰ると女はまたじっと待っていた。
怖い。彼女がいないのが幸いだ。
ある日、いつものように家から外を見ても女はいなかった。
台風が接近しているのもあって、今日は諦めたんだろう。
ポストには死後離婚のお知らせが来ていた。
「親父……結局、モロロンと破局したのか……」
さらに舌の根も乾かないうちに、一般女性と死後婚するとか。
本当に何を考えているのか。
ベッドに腰を下ろした。
その瞬間。
「つかまえた」
足首をつかまれて、そのまま床に倒れてしまった。
ベッドからは女が這いずり出てきた。
「ふふ……昨日、窓閉め忘れたでしょう……?
ずっと待っていたの……この時を……」
女の手にはぎらりと光る包丁。
まずいまずいまずい。
「ま、待ってくれ!! 俺がなにしたっていうんだ!!」
「なにって……死後結婚したじゃない……松田明菜と……」
「わかった! だったら松田明菜との死後結婚はあんたにゆずる!
俺は死後離婚するから!! それでいいだろ!?」
「いいえ、ダメよ……」
女は顔の横に包丁を持ってくる。
「私は……あなたと結婚したいもの……」
「えっ」
ファンじゃ……ない……!?
「あなたがテレビに映って顔を見た瞬間にこの人だと思ったの。
私の運命で理想で、死後結婚にふさわしい相手は……あなた」
「ま、待ってくれ……」
「死後結婚はお互いの同意なんていらない。
さぁ、これであの世でも私と一緒ね……!」
女が包丁を振り下ろしたとき、警察がタックルして包丁がこぼれた。
「確保ーーーー!!!」
警察が女を取り押さえて、瞬く間に手錠がかけられた。
「大丈夫ですか!?」
「た、助かりました……張り込んでいたんですね」
「事件があればどこへでも行きますよ」
女は逮捕されて、俺はいつもの日常へと戻った。
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数日後、再婚した親父の死後披露宴が開かれた。
壇上では目立ちたがり屋のおやじがマイクを持っている。
「彼女とは本当に運命的な出会いでした。
モロロンと異文化のすれ違いで離婚し、傷心している私のところに
ある日急に死んでしまった彼女と出会ったのです」
長すぎる前口上に司会が強引な進行を行う。
「それでは!! 花嫁入場です!」
半透明な花嫁の顔を見て、俺は凍り付いた。
親父は嬉しそうに花嫁を紹介する。
「紹介しましょう、先日亡くなった妻の里美さんです。
歳の差はありますが、気立てのよく最高の女性です。
やっぱり結婚するなら一般の方ですね!!」