死なない男
【著】松田健太郎
●登場人物
◯藤実柊也(とうみ・しゅうや)
◯松葉大兵(まつば・だいへい)
学校の廊下を歩く藤実を廊下に出ている生徒が横目で見る。コソコソと話し、クスクスと笑い、しかしすぐに次の会話へと移る。毎日のことで慣れている藤実は早足でトイレへと歩を進めていた。
松葉 柊也っ。
藤実 ……。
早足でトイレへと向かう藤実を松葉が呼び止めるが、藤実は歩を緩めること無く、トイレへと入っていった。
松葉 無視すんなよなぁ。悪かったって。まじで。悪かった。
藤実 別に怒ってないし。
松葉 それが怒ってんだってー。
藤実 ……。
松葉 うわっ、血出てんじゃん。まじごめん。
松葉が見たのは藤実が手を洗っている洗面器だった。いま、薄赤色の水が排水口へと流れていっているところだ。
藤実 僕は慣れてるから気にしないで。
松葉 ……ごめん。
藤実 あとは大兵だよ。
松葉 え。
藤実 僕に気軽に話しかけないでもらえるかな。
松葉 なんでだよ。
藤実 君は自分を守ってればいい。僕はそれに協力してるんだ。
松葉 どういうことだよ。
藤実 僕がターゲットで居続けてあげる。
松葉 まじで!? 助かる! さんきゅ!
藤実 友達だからね。
表情のない藤実が言い終わる間もなく、松葉はトイレから出て行った。
その日、下校時間を少し過ぎて藤実は頭を濡らし校門に姿を現した。すぐ後ろからは数人の男女と共に松葉が楽しそうに歩いてくる。
松葉 明日も頼むな。
追い越し際に囁き、松葉は数人の男女とともに先を歩いて行く。
藤実 うん。明日もね。
小さく呟いて藤実は帰宅する。家に着き、そのまま部屋に向かい、すぐに座り込んでいた。
部屋の中央にはいつもの様に輪っかのついた紐が垂れ下がっている。
藤実 今日は机の中に画鋲が入ってた。
上履きは靴底が剥がされていた。
机の落書きは昨日よりも一つ「死ね」が増えていたね。
教科書はボンドで接着さていたから読めなかったよ。誰も貸してくれないし、見せてもくれない。
放課後は雑巾の水をかけられて。
何回蹴られたかわからないけど痛かったな。
明日は何されるのかな。
もう行きたくないよ。
なんで僕がこんな目に合うんだよ。
明日なんて来なきゃいいのに。今日で終わればいいのに。
一日分の我慢を吐き出しながら啜り泣く藤実は、ゆっくりと立ち上がると紐に近づいて行く。
その下の台座に足をかけ、深く息を吐きながら紐へと両手を伸ばし、言った。
藤実 ……ひもQ、おいし。
モグモグ。
おわり