モーニング
【著】眠眠
男 午前五時の横断歩道、周りに人影はなく、太陽が昇っていない暗い景色に、信号機の赤い光が起きたばかりの目に刺さる。目の前の道路を走る車は一台もなく、律儀に信号を守っている私は、周りから見たら不気味にも見えるだろう。『赤信号だから止まる』、信号がある国だったら皆知ってるルール。しかし、別に渡ったって構わないと思ってる。車が安心して走るために歩行者が止められる、そのためのルール。でも今車は走っていない。五秒もあれば向こう側に行けるのだから。誰も見ていないのだから。誰も咎めない。そんな感情論。
十秒ほどたった時、後ろからサラリーマンらしき人が私の脇を通り過ぎて行った。
信号はまだ、赤。
サラリー スーツに着替え、俺は今家を出た。時間は午前六時半。今の会社に勤めて二十年あまり、生活リズムも固定化してきた。
最寄駅まで徒歩一五分ほどの道のり、音楽プレイヤーでサザンを聞きながら歩くのが決まり。しかし最近、なぜか犬の散歩をする人が増えた。
すれ違うたびに犬が吠える。煩わしい、音楽が揺れる。朝の楽しみを邪魔しやがって。不機嫌な俺は定刻に到着した電車に乗る。
今日は座れなかった。
男 午前五時五〇分、私はファミレスの店内で開店準備をする。今日も店の前には客がいた。オープンの六時と同時に入店するいつもの人たちだ。
平日、オープンに並んでいる彼らを見てると、私は途端に気味が悪くなってくる。私は彼らが何者か、何の職業をしているのかを知らない。彼らは、それぞれ頼む商品がすでに決まっている。毎日毎日、同じものを頼む。
午前五時五十五分、あと五分で店が開く。
サラリー 電車を降りたら足早に駅近くもファミレスへ。この辺には朝からやっている飲食店がここくらいしかない。この店舗はビルの一部であまり広くはないので、早くいかないと私と同じような出社前のサラリーマンで埋まってしまう。喫煙の席はさらに少ないので尚更だ。
入店して確認、空いている。足早に席に着き店員を呼ぶ。
今日は楽に座れた。
男 退屈。出社前のスーツ姿の人で溢れているので、店は多忙だ。
しかし私は退屈だ。朝の時間はほぼ毎日同じ客が来る。注文もほぼ毎日同じだ。珈琲だけの人、いつも決まったモーニングメニューの人、絶対に角の席に座りたがる人。あぁ、同じだ。
午前七時五十分。朝のピーク、そして、、、、
あぁ、勝手に座っている。まだ片付けてない席に座って呼んでくる。急いで片付けて注文を取る。
「ホットコーヒー」
私のことを見もせず吐き捨てるように、おもむろに煙草をふかし始める。
向かいの席から声が聞こえる、振り返ると席がまだ片付いてない
「ホットコーヒー」
訝しげな顔をした中年の男が私を一瞥して端的に言葉を発する。
少し離れた席でまた呼ばれる声がする。
「ホットコーヒー」
瞬間、感情のシャッターが降りた。
サラリー モーニングコーヒーを飲みながら会社で使う資料を整理する。店に入って四十分くらいだろうか。最後の煙草をふかし店を出る準備を始める。入り口を見てみると席待ちの客がチラホラ。相変わらず混んでいると思いつつレジへ。忙しかったのか、店員が来るのに少し時間がかかった。
「大変お待たせいたしました。」会計と同時に待っていた客が私の居た席へ。「少々お持ちください、申し訳ございません。」私の居た席に行こうとした客に店員が声をかけていた。
お釣りをもらっていた私は店の外に出た。明日は座れるかな、そんなことを思いながら朝日の眩しさに目をひそめた。
男 ルールでもあるのか、そういわれたらそんなものはない。マナーというのも違うかもしれない。しかし少しだけ考えればそうならないと思う。
急くことによる得が双方にないのだ。早く座って注文したい、そう思う人ほど、注文の後はゆっくりしている場合がほとんどだ。
朝、ほとんどの人が自分のことで精いっぱいになる。出勤前、眠気、疲れ、理由は人それぞれきっと違う。皆、できる限りの最小限の行動をおこしている。そんな人で店は溢れている。
朝のあの時間、あの空間は時が止まっている。無愛想にコーヒーを頼む人も、角の席に座りたがる人も、煙草をふかしている人も皆、止まった時間で生きてる。私は自分は違うと思ってはいるが、おそらく、私の時間も止まっているのだろう。
外に出て上を向き、大きく息を吸ってみれば少しは変わるかもしれない。しかし、日の出前に起きた目に、朝日は少し刺激が強い。
会計を済ましたお客の背中越しに差し込む朝日に、私は目をひそめた。
おわり