体のパスワードを忘れました...
幽体離脱のままふわふわと天井をさまようこと1時間。
眠気がすっかり冷めた頭だったのに、パスワードが思い出せない。
「ああ、くそ!! パスワードが思い出せない!!
絶対忘れないようにって大事な言葉にしたのに!!」
大事な言葉にしたのは覚えている、
のどまで出かかっているのにパスワードがあと一歩で出ない。
ベッドで寝ている体を眺めながら漂うことさらに1時間。
思いつく限りのパスワードを声に出したが、効果はなし。
「ダメだ……大事な言葉だとまではわかるけど、糸口すらつかめない。
しょうがない、このまま漂ってもダメだ」
これまでの体をあきらめて、新しい体を用意してもらうことに。
普通に日常生活を過ごして入れば、そのうちふと思いつくだろう、
一度パスワードを思い出せば、体は取り戻せられる。
新規の体を用意して、なじめない体の重さを感じながら会社へ行った。
「やれやれ、今日は朝からとんだ災難だよ……」
「あれ? 誰だお前?」
体を新規にしためんどくささが出てきた。
新しい体なので、誰も気づいてくれない。
「俺だよ、佐藤だよ。同じ同僚の」
「佐藤? 佐藤なら、さっきそこであったけど」
「はぁ!?」
慌てて外に出ると、俺の体が逃げているのが見えた。
「おいこら!! そこの体!! 待ちやがれ!!」
慌てて俺の体を追いかける。
慣れない新しい体はなじまない。
それでも日頃の運動不足が幸いして、みるみる差は詰まっていく。
「つかまえたぁ!!」
俺はなんとか自分の体を捕まえることができた。
高校時代のラグビー経験が生きた。
「さぁ、俺の体を返してもらおうか!!」
「わ、悪かったよぉ。1日でいいから金持ちライフを味わいたかっただけなんだ」
「金持ちライフ?」
「あっしの本体は貧乏なホームレスでねぇ。
一度でいいからセレブ体験をしてみたかったんだよ。
お前さん、金持ちじゃろ?」
「まあ、この周囲の土地を買い占めるだけの財力はあるわな」
でも、俺はしっかりと釘を差した。
「だからといって、人の体を取っていい理由にはならない!」
「ああ、ああ、反省しているよ。
本当に心から反省している、もう二度と体を取らないよ」
「本当だな?」
「本当さ」
「それじゃ協力してほしい。
お前はその体を取ったんだからパスワードを知ってるはずだ」
「いえいえ、それが知らないんですよ。
パスワードをわからなくても、乗っ取ることはできたもんで。
思い出す手伝いならいくらでもします」
「それはありがたい。
何か大事な名前のパスワードにしたんだけど、何も思い出せないんだ」
俺の体を手に入れている逃亡者は、
その体の記憶をフル活用してヒントを与えてくれた。
「たしか、部屋に置かれているものだったような……?」
たったその一言。
それだけで十分だった。
「ああ!! ああ! 思い出した! 思い出したぞ!!
ついにパスワードを思い出すことができた!!」
「本当ですか! 力になれて光栄です!!」
しかし、慎重な俺は逃亡者に再度念を押した。
「いいか? 今から俺は自分の体に戻るためにパスワードを言う。
お前は聴いたからと言って、二度と俺の体を乗っ取るなよ?
それが誓えなければ、ここですぐに警察につきだす」
「誓います、誓います!
私は今後ぜったいに、体を乗っ取りません!」
「本当だな?」
「本当です!」
「絶対に体を乗っ取らない?」
「乗っ取りません! 二度と!!」
逃亡者には口約束で終わらないように細かい資料を描かせた。
これで、いつか仮に俺の体で悪さはできない。
「これで完璧な防犯対策だ!!
二度と俺の体を盗まれる心配はないぞ!!」
「それで、パスワードはなんて言うんです? 大事なものなんでしょ?」
「パスワードは、
『Ore no BED no sitani Zen zaisan』だ!
これだけ大事なことなら、二度と忘れない!
しかもこの長さ! パスワードとして完璧だ! 完璧な防犯性!」
翌日、俺の体は二度と盗まれなかった。
その代わりに、隠していた財産は根こそぎ持っていかれた。
作品名:体のパスワードを忘れました... 作家名:かなりえずき