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二人のお姫様

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 幼い頃、金木犀の咲く並木道で、一人の少女と遊んだ事があります。
 名も知らぬ少女です。あの時私は彼女に名乗りませんでしたし、尋ねませんでした。
 子供というものは目が合った瞬間に何となく遊ぼうと切り出せますし、何となくケンカになったりいたしますから、その時もそうだったのでしょう。
 今でこそ引越しに次ぐ引越しですっかり人見知りの激しい人間に育ってしまいましたが、当時の私はまだそこまで人に対して気後れは感じていなかったのです。
 彼女の容貌が西洋の人形のようだったから、というのも理由の一つだったかもしれません。その子は白い肌をして、私の墨のように真っ黒ですとんと垂れた髪とは違う、淡い茶色のふわふわした髪をしておりました。目も同様に真っ黒の私とは違う、綺麗な薄茶色をしておりました。日に当たると金色に透けるそれらは、金木犀の中に溶け込むようで美しく、羨ましく思ったものです。

 あれから十数年経ちましたが、私は未だ彼女より美しい少女を見たことがありません。まるで絵本に出てきた、妖精のお姫様のようでした。友好的で親切ではにかむ笑顔がとても愛らしい、そんな少女でした。

 引越し先で友人も出来ぬ日々を過ごすさなか、何度自分があの少女のように美しく愛らしければ、と思ったかしれません。そうであればきっと周りが私を放っておかなかったでしょう。自分から話しかける事が得意でない私でももっと友人がいたかもしれない、寂しさを感じる事はなかったかもしれない、そう思うのです。

 そんな思いがありましたので、私は大学に入学する前、髪を茶色に染めました。記憶の中の彼女と同じ、日の光に金色に透ける綺麗な色です。
 ですが純日本人といった容姿の私には、その色は到底似合ってはおりませんでした。化粧を頑張ってみても、服装を変えてみても、どうしても違和感があるのです。
 無論それこそ縋るような気持ちで染めたのです。清水の舞台から飛び降りる覚悟で思い切った事でしたから、大学生になった私には、少しだけ自分から話しかける勇気が備わりました。友人が出来ましたし、遊びに行く機会も増えました。
 それは嬉しく、楽しくも、どうにもすわりの悪い毎日でした。そのすわりの悪さが何に起因しているか、私は良く分かっていました。真実の私は相変わらず酷く人見知りで、内向的で、他者に話しかけるための勇気すら借り物でしかなかったからです。
 けれども私はあの時見た、妖精のお姫様のような少女の色を手放す事は出来ませんでした。

 やがて私は大学を卒業し、あの色の髪をしたまま結婚いたしました。染め直しを勧められる事もありましたが、今更その色を変える勇気もないまま、一児の母親になりました。夫の転勤先について何度か住まいを変えました。
 三度目の転勤先は、何の偶然か、子供の頃にあの少女と遊んだ、金木犀の並木のある町でした。
 懐かしさに駆られた私は、時間を見繕ってはその並木を通る事を日課にするようになりました。

 ある日、いつもとは違う時間にそこを通った私の目に、真っ黒な長い黒髪が飛び込んでまいりました。懐かしいような色でした。何故だろうと考えて、幼い日の鏡の中を思い出しました。そうです。あの色は、あのすとんと垂れ下がった髪型は、幼い日の私と良く似ているのです。

「あの……っ」

 私は咄嗟にその女性に声をかけました。
 振り返った女性は美しい顔立ちをしておりましたが、肌は白く、なのに髪は真っ黒のストレートで、全体的にちぐはぐな印象を受けました。
 彼女は私の顔を見て――とりわけ緩くパーマをあてていた髪の色を見て、驚いたようでした。彼女もまた、私のちぐはぐさに気づいた事は明白でした。

「あなたは……」

 彼女が絞るように呟きました。

「あなたは、幼い頃ここで誰かと遊んだ事はありませんか……?」

 ええ。頷きながら私は確信しました。こんな事を聞く人など、きっと一人しかおりません。何故なら、私もそれを聞きたかったからです。

「「あなたがあの時の妖精のお姫様なのね……!」」

 私達は同時に声を出しておりました。
 金色に透ける髪は私で、真っ黒な髪は彼女が。けれども間違いはありませんでした。彼女こそがあの時私と一緒に遊んだ、西洋人形のような少女でした。

 彼女はやはり西洋の血が混じっているのだそうです。異質だと周囲に遠巻きにされる中、この並木道で黒髪の少女と遊んだ事が同じ年頃の子と遊んだ唯一の思い出で、心の支えだったのだと、薄茶色のまつげを伏せながら語ってくれました。
 あの少女のように美しくまっすぐな黒髪をしていれば、周りは仲間に入れてくれたのではないかと夢想していたと。
 そうして大人になり、思い切って少女とおなじ黒髪に染めて、多少の人付き合いも出来るようになったけれど、やはりどうしても借り物のような気持ちが抜けないでいるのだと。

 おかしな話です。私達は全く同じことを考えて、同じことをしていたのです。

「日が当たると、あなたの髪は金色の輪を作ったわ。それが絵本の妖精のお姫様のようで、とても綺麗だったのよ」

 あの時よりもずっと落ち着いた容貌になった彼女が、そう言って眉尻を下げて笑いますので、私も同じように、あなたの髪は金色に透けていて、私もあなたを絵本の妖精のお姫様のようだと思っていました、と返しました。きっと表情もまた彼女とおなじで、困ったような笑顔をしていた事でしょう。

 時刻はすっかり夕方をさしておりました。
 金木犀の咲く季節ではありませんでしたが、空が夕日で金色をしておりました。けれども彼女の髪はもう金色には染まらず、私の髪ももう金色の輪を作りません。
 それは全くおかしな事でした。

「お名前を聞いても?」

 自分の名を名乗った後に尋ねますと、彼女は首を振りました。

「明日。明日、また会えないかしら。あの時はまた明日と約束も出来なかったでしょう? 私はずっと後悔していたの。名前はその時にお伝えしたいわ」

 まっすぐに私を見る瞳の中に、似合わない茶色の髪をした私が映っていました。
 彼女が何を望んでいるか、私にも分かる気がいたしました。

「ではその時は、元の私達で会いましょう」

 黒い髪の引っ込み思案な私と、薄茶色の髪の内気なあなたで、また友達になりましょう。

 彼女は記憶の中と同じ、はにかむ笑顔で頷いてくれました。




 その日から私の髪はまた墨のように真っ黒で、重たく垂れ込めています。彼女の髪は人ごみで浮く程の薄茶色で、天気の悪い日には絡まりつつも緩く波打っております。
 けれどもあの時とは違って、私達はもう互いにこの色を嫌いな訳ではないのです。
作品名:二人のお姫様 作家名:睦月真