ここに来た(全集) 21カ所目追加
12 鶏足寺(日本 滋賀県 長浜市)
日本の風景は何か格好悪いと思っていた。
瀬戸内の景色を、暗い海だなと感じたり。
日本アルプスの山々を見て、ヨーロッパのアルプスには敵わないなと思ったり。
茅葺民家の集落を訪れて、世界からわざわざこんな山奥に見に来る価値があるかなと考えたり。
でも、自分が世界に出ることが増えて、ふと日本の景色を再認識する出来事があった。
琵琶湖を訪れた時だ。
紅葉時期で、山のもみじが赤く色付いていたので、知り合いから奥琵琶湖の鶏足寺のもみじが超穴場と聞き、見に行くことにした。
私は京都が好きで、京都の紅葉は幾度と無く見に行っていたので、完璧に管理された庭園の紅葉ほど美しいものは無いと信じていた。
反面、山の紅葉は規模こそ大きいが、世界中どこで見ても同じようなものと感じていた。
その日、朝早くその寺に着いた。
前日からの雨で、落葉が進んだと思ったので、まったく期待していなかった。
山と田んぼに挟まれた小さな集落の公民館に車を停めて、歩いて寺に向かった。
朝早かったが、他にもちらほらと見物客がカメラを持って歩いていた。
その寺は今はもう廃寺となっていて、集落で管理されてはいるが、ほとんど放置状態のようだ。
参道に着くまでも山道はぬかるみ、極めて足元の悪い状態だった。
しかし、その道すがら、私の期待度が急に上がり始めた。
もみじの種類がすごく豊富だったのだ。それまで、どれほど多くの種類があるかなど意識したことが無かった。
通常日本庭園でよく見る、いかにもという感じのもみじや、山で見る小ぶりなもみじもあったが、それらは手入れされずに好き放題伸びている感じだった。
葉の大きさや形は様々で、赤ちゃんの手より小さいものから、20cmを超える大きさのものがあちこちに生えており、また、色は真っ赤なものや、茶色いもの、紫がかったもの、オレンジ、真黄色、白、色付く前の緑や、半分紅葉しかけなど。
それらが散って、参道に、いや辺り一面、色とりどり、絨毯のように敷き詰められていたのだ。
朝早かったのと前日の天気のせいで、まだ踏みつけられている落ち葉が少なかったのが幸いして、それはそれは異世界の色模様だった。
寺自体はすごく小さかったが、その山門まで続く50mほどの直線の石段は、樹上の紅色と地面の朱色で周囲一帯が取り囲まれ、薄暗い中、狭小空間の美を強烈に感じさせた。
またそれは、落ち葉一枚の儚さから来る感動とも言える。
世界では、より壮大のもの、迫力のあるものに興味をそそられてきたが、小さなものに宿る美への関心は、日本人の侘びさびの精神の原点であると悟ることができた。
あの一枚一枚の色彩を、一目で認識できる規模としては最高なのではなかろうか。
ここの紅葉は、世界一だと思う。
作品名:ここに来た(全集) 21カ所目追加 作家名:亨利(ヘンリー)