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中川 京人
中川 京人
novelistID. 32501
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いまかわせみが飛びました

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自分みたいなふつうのひとの日常は、たいてい、お話にならない。
 事実は小説よりも奇なり、という。しかしそれは、リアルを演出するために物書きが見繕った情景の範囲を、ときにじっさいの出来事が逸脱するという事象を指しているに過ぎないのだ。
 この寸言を逆から見ると、この有り得べき範囲は事実しか越えることを許されない、起こり得るからという理由でもって筆で書き進めることは相ならぬという、作家への警句ととることもできる。べらぼうな出来事は事実のほうにまかせておけと。畢竟、小説は標準的な事実よりも少しばかり奇なり、とすることでおおむね及第する。
 この夏の夕刻は、自分はつとめて自転車で外に出るようにしている。いち日の四分の三が過ぎ、西日が経ヶ峰の北肩に触れてから一時間あまり、細くてこれまで足を踏み入れたことのない海岸近くの路地や、山中に開かれた団地へのアクセス路など、その日の思いつきにまかせて、十キロメートル前後の距離を走る。回数を重ねるにつれて距離が伸びてくる。
 ふつうの生活に倦んでいた、とまでは言わないが、これまで見過ごしてきた何かを見つけられればと思う気持ちがある。助平根性だなと自分でも思う。それでも日常はしょせん日常。蝶ネクタイをしたブレザー姿の小学生にも、空を飛ぶ青い丸だぬきにも、これまで出合ったことはない。
 その日は、ある二級河川の河口部に来ていた。川の規模に比べて河口の幅はきわめて大きく、汽水域も広い。自転車を止めて堤防道路から見下ろすと、アシだかヨシだか知らないが、地味黒い植物が泥のような湿原に群生し、海岸に向けて連なっているのがわかる。
 潮風あびてたくましく……というのは、小学校の校歌にあったけど、ここいらの潮風は、伊勢湾西岸一帯のテレビアンテナをことごとく錆びつかせ、そのおかげでケーブルテレビの普及がすすんだことよなあ、いいのか悪いのかは知らんが、などと思案しながら、目は水平線の向こう、自分の幼いころにはアメリカ合衆国の領土に違いなかった、愛知県は南知多町役場あたりの海岸線をにらんでいた。
 ──いまかわせみが飛びました。
 ドラマのように、聞き覚えのない声に振り返った、というのではない。声の主は、自分の斜め前から、まるで環境チラシを手渡すNPO法人の職員のように近づいてきた六十過ぎの女性で、薄ら笑いと眼鏡の奥にうるんだ瞳を携えている。
 ──かわせみですよ。あっちに飛びましたね、いま、あ、あそこ。
 かわせみという鳥らしい。背中に緑の線が入っているあれが特徴なんですという。見つけました見つけましたよと、まだはしゃいでいる。出会えたよろこびで、両手の上半分どうしをたたき合わせて跳ねる少女のようにも見える。
 逆ナンパ、なわけないよな、といぶかった自分は、それだけでじゅうぶん下衆だった。女性の視線の先に、自分のそれを重ね、つきあうふうを装った。
 かわせみ──。こんなどす黒い植物を堂々と生やした、塩水か淡水かも判然としない、そりゃ、一掬すすればわかるかもしらんが、こんな泥沼を好む鳥なぞの、いったいどこに惹かれるのか。かわせみ──。たしか、家にこの鳥の木彫があったような。
 それにしても、女性の容子は懸命のふうである。あ、あっちに。あっ、いまコンクリの向こうに隠れましたね。あー、あれだと見えないか──。
 女性は、鳥を指す右手の人差し指と、最前から自転車で汗だくの自分の顔とを交互に眺めながら、堤防道路のすれすれを南に向かって漫ろ歩く。釣られた自分も、自転車を置いたまま、ほうほうと梟のような相槌の声を出して後に続く。
 ──ごめんなさいな。いきなりで驚かれたでしょう。うれしくてつい声が出ちゃった。
 なんとも妖艶な口吻である。なおも言葉を継ぐ女性の風貌を見改めると、八千草の姪で二年前まで小学校の教頭をしておりました、お会いできるこの日を楽しみにしておりました、とでも言い出しそうな顔色で、むろん、そんなわけはないのだが、たしか、事実は小説よりも奇なり、もしやのときには、や、自分には妻子がありますからと固辞しようと身構えていたのだが、思いのたけの文目は、やはり小説のほうに分があるようで、彼女が会える日を待ち焦がれていた相手は、やはりかわせみさんのほうであり、なおもうわの空の自分に向かって、どこやらかのどぶ川の名前やら、この鳥めを見つけるのがいかに困難であるかを、とうとうと並べ立てたのだった。
 そのときの自分は、唐突にも、テレビ司会者の羽鳥慎一さんになったような気分で直立し、あそうですか、ああそういうことでしたか、と棒を飲み込んでいるような表情で返していた。そうしてゆっくりと事態が転じてゆくさまを認識していたのである。
 南の空に目を転じれば、妻の顔が浮かぶ。へっ、小説じゃああるまいし、決してそんなことはないのだが、自分は臍下丹田に力を込め、踵を返すと、自転車に向かって一歩を踏み出したのだった。