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中川 京人
中川 京人
novelistID. 32501
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極楽湯の男湯にいた三人の女の子がもたらした夢だと妻は言う

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なぜおとなが怒らない。なぜ大衆は黙るのか。ならば乃公自らが立とうではないか──。
 それでもそれは、しょせん脳内で自分が作ったもの、とは言い切れない。自分の中であっても、自分自身もまた、受身の人なのだ。
 ★
 市の体育館で、中学生・高校生たちを中心としたイベントが開催されるというので、自分は家内とこれに出かけ、舞台に向かって横に何列かに並べられたパイプ椅子に座り、演し物を待っていた。舞台と椅子の列までの間は広い床で隔てられている。
 会場は熱気でむんむんしていたが、さいわい出入り口に近い後ろの席だったので、右後方に大きな壁の空きがあり、そこから空気が出入りするのがうれしかった。
 さて、イベントのオープニングらしく、舞台ではない、目の前の床に、脇から少年少女たちが、いろいろな扮装で入場してきて、横一列に並びはじめた。目の前、十メートルもない距離である。
 生徒たちは、制服を着た小数の他は、たいていは思い思いに装飾を凝らしたコスプレのようないでたちの者が多い。中には水着に近い恰好の少女までいて、入場のたびに観客席から軽いどよめきが起こる。それには、たとえだれかの策による演出とはいえ、己の目を楽しませてくれるこれらパフォーマーに対する賞賛が、いくらか含まれているのだ。
 しかし、続けて入ってきた中学生とも高校生ともつかない、三人の少女たちを見て自分は目を剥いた。
 なぜ、中学生か高校生かわからなかったのか。それは彼女たちが全身丸裸であったからである。胸元に垂れる髪も、からだの真ん中に萌えるはずの薄墨も、およそ隠しうるものが何もない。それなのに、まるで透明のコスプレをまとい、その衣装が気恥ずかしいのだ、といった風情を漂わせている。
 まさに異様である。この異様さは、それまでの仮装のような異形とは隔絶されているはずだ。連続してはいない。なのに、周りの人びとの反応は、同じような驚き、同じ程度のどよめきに終始しているのだ。
 こんなことが許されるのか。
 彼女たちのこの恰好は、ある小さなサークルの中の支配者、すなわち教師や指導者による、思慮のない演出の結果によるものだと、自分は即断した。
 自分は立ち上がってその場を離れ、この狂態の責任者──愚かな判断をした指導者を探そうとした。おろおろと、しかし確信を持って。
 自分たちの座っている右うしろの仕切りの空きには、いつのまにかシャッターが下りていた。その脇にある内部屋を覗いたが、だれもいない。続けてその左側にある階段を駆け上がり、二階の控え室のドアを開けてみるも、もぬけの空だった。さらに舞台の袖の楽屋に足を踏み入れても人影は見えない。さっきまでいたはずの、いなければならない者たちが、ことごとく姿を消していやがる──。
 この期に及んでも、観客のだれも加勢に加わろうとはしない。畢竟、この愚か者と大衆は、シルエットを異にしないのだ。哀れなるかな、彼女たちは、全裸であるにもかかわらず演出だとでも思わされている被害者なのだ。それをどうして大のおとなが見抜けないのか。
 とうとう見つけた。
 黒いジャージ姿の教師風情だ。観客の左側の席に、紛れていた。いやさ、紛れていやがった。
 この男が首謀者に違いない。
 自分は男の前に進み出ると、ことさらに声量を上げ、こんなことが許されるとでも思っているのか、わたしは君を告発する、と告げた。大衆どもに聞こえるように。そして自分の中に響き渡るように。
 それには証拠が要る。彼女たちの証言がほしい。
 うしろを振り返ると、妻の席の前に小机があり、葉書大のメモ用紙が一枚あることに気付いた。それを受け取ると、まずひとりめの少女に、名前と住所を書いてもらった。君が悪いんじゃない、君たちは被害者だ、君たちをこんな風にした犯罪者をこれから罰してもらうのだ、とつぶやきながら。
 ひとりめの少女は、ていねいではあるが、ものすごく字がへたで、名前と住所の間の行間をぜんぜんとっていない。カタカナとアルファベットを交えた名前の次に行を変えて、居候をさせてもらっているらしい弁護士事務所の住所を続けて書いた。
 その住所だけど、白塚? すぐ近くではないか。そうか君は三重県白塚市か……、と言いかけて、三重県津市白塚町と言い直す。
 あとのふたりの分の書くスペースがなくなったので、彼女たちが持っているチラシの裏に書いてもらうことにした。ごめんね、一枚使わせてね、などと穏便に頼むその脇で、俺はわれながらやさしく話す人だなあと感心している。
 ふたりはチラシの裏に、めいめいの名前と住所を書いている。そうこうしている間じゅうも、自分以外のおとな、行事に参集した人びとは、だれひとりとして声をあげない。おしなべて、邪魔もしないが手伝おうともしないのだ。
 ──それからこれ、見てください。
 はじめの少女が一冊の古ぼけたノートを差し出してきた。それがまだ少女の手の中にあるうちに、これはおとなたちが収支をちょろまかしている実態を、彼女たちなりに書き綴ったものではないかとの予感が瞬間的に沸き立った。
 ──これを貸してほしい。
 うなずく少女に、いつまで借りられるかと尋ねると、きょうの夕方までというので、少々鼻白む。夕方かい、まるで子どものメモ扱いだな、とちょっとつんのめったが、とりあえず借りることにした。全ページをコピーすれば間に合うとも思った。
 しかしよくよく見ると、それは自分が大学生のころに使っていたコクヨの Campus のようでもあり、開くとほぼ全ページにわたっていい加減な殴り書きがしてあった。ノートの途中に空白の部分があり、その中の一ページに彼女たちがしたためた「情報」が書かれているようだ。
 セロハンテープで補修してあるそのページを手で破り取り、夕方までには君のところに戻すからと約束してふところにしまった。
 気がつくと、すでに彼女らは衣服を身につけ、椅子に腰を降ろしたまま、三割にも満たないであろう期待を含んだ視線で自分を見上げている。
 自分は、しかと承った、かならず俺は実行するぞ、と心に誓いながら、ゆれる視線を目の前の黒い瞳に重ねた。
 シャッターが開き、光と風が入ってきた。