残り10日の外科医と内科医
『お前らの命は残り10日。
生き残るためのヒントは"命を長引かせる努力"をすることだな』
どこからか聞こえてくる天の声。
わけもわからずに外科医と内科医は寿命が残り10日となった。
「これからどうすればいいんだ」
「今まで僕たちは人の命を救ってきた。
最後の10日間くらいは自分の命だけを考えて過ごそう」
内科医の申し出に外科医は同意した。
そして、外科医は静かに自分の寿命を待つことにした。
最初こそなんでもない日々を送っていた外科医だったが、
じわりじわりと自分の死の足音が近づいてくると怖くなってくる。
「ああ、死ぬ瞬間はどうなるのかな。
一瞬で死ぬんだろうか。のたうち回るんだろうか」
あれほど人の死を間近で見て来た男でさえ、
いざ自分の目の前に死が付きつけられると取り乱す。
「ダメだダメだ! こんなところでうじうじ考えていると
ますますダメになる! 寿命が来るより先に廃人だ!」
外科医は気分転換しようとコンビニに立ち寄った。
といっても、みんな残り寿命が迫っているので店員はいない。
廃墟に近い状態となった店内で、
まだ食べられそうなものをあさっている瞬間。
「死ねえええええええ!!!」
棚に隠れていた男が飛び出した。
「う、うわぁあ!?」
男の手には家庭用の包丁を持っている。
けれど、持ち方的に明らかに料理する気ではない。
「死ねええ!! 死ねええええええ!!」
男は錯乱しながら刃物を振り回す。
「うわぁ! こっちへ来るな!!」
外科医は手術道具が入っているカバンを投げつけた。
金具のしまりが甘かったかばんは空中で勢いよく開いて、
中に入っていたメスなどが男の呼吸器官に突き刺さった。
「が、がはっ……!」
「お、おい! 大丈夫か!?」
外科医は慌ててかけよったがすでに息絶えていた。
明らかな偶然とはいえ、罪悪感を感じる外科医。
ピコーーン。
後悔をしているさなか、外科医の頭の上の数字が変化した。
「1日」→「2日」。
「これはいったい……!?」
誰もが頭の上に数字を表示させている。
ゲーム開始直後から出始めたこの数字が残り寿命だということは誰にでもわかった。
それが増えるなんて……。
「まさか、この男が俺を殺そうとしたのも
すべては自分の命を守るためなのか……!?」
死にたくない。
もっとも原始的な本能。
でも、迫る寿命を前にモラルのタガは吹っ飛んだ。
殺らなきゃ、死ぬ。
・
・
・
それから外科医は人が変わったように人狩りをはじめた。
最初こそ人の命を奪うことにわかりやすい葛藤はあったが、
そもそも手術などで命を落とすこともあった。
「や、止めろぉ! 俺がなにしたっていうんだぁ!」
命乞いする男に外科医は静かに答えた。
「なにもしてない」
「じゃあどうして俺を殺そうとするんだ!」
「生きていたい。まだ生きていたい。もっと生きていたい。
そう思うからお前を殺すんだ。
今までだって家畜を生きるために殺していただろう」
「俺は家畜じゃ……」
「役割は同じだ」
外科医はあっさりと人を殺した。
でも、この人狩りは2日ぶり。
「もうこの辺りは人がいないなぁ……」
外科医は自分の寿命をストックするために、
町を徘徊しては見つけた相手を必ず殺していった。
その結果、もう人が少なくなってしまった。
「これはまずいな……!
いくら俺が人殺しで延命日数を増やしも1日が限度。
1人探すのに、2日かかったら寿命は減るばかりだ!」
外科医は必死に人間を探した。狩るための人間を。
これが最初にゲーム主催者こと天の声が言っていた
"命を長引かせる努力"なのだろう。
そして、外科医の努力の甲斐あってついに見つけることができた。
「おお、外科医久しぶり」
「お前は……内科医!」
久しぶりの再会よりも外科医が驚いたことは、
内科医の頭についている文字、すなわち寿命が圧倒的に多いことだ。
比べてみても、あれだけ必死に殺しまわった外科医よりもずっと多い。
「内科医、お前いったい何をしたんだ「!?」
「それは――」
内科医が答えようとすると、側近の人がそのまま床に突っ伏した。
「うぐっ……急に具合が悪く……!」
「それは大変だ! さあ、これを使って治すんだ」
内科医からもらった薬を、男は処方して死の淵から復活した。
すると、内科医の寿命が「100」→「120日」へと増えた。
これには外科医は言葉を失った。
「なっ……! 一度に20日ぶんも!?」
これまで、人を殺して寿命を延ばすことしかしていなかった。
それだと20人も狩らなくちゃいかないのに。
「はっ!」
やっと外科医も最初の意味が分かった。
ヒント"命を長引かせる努力"とは、自分の命ではなく他人の命だったんだ。
「俺は……俺はなんて間違っていたんだ。
追い詰められて人を助けることを忘れていたなんて」
落ち込む外科医を、内科医はそっとはげました。
「気にすることなんてない。
私も人の命を救うことで寿命が延びるなんて思ってもみなかった」
「そうなのか?」
「ああ、でも寿命が延びるのもわかる気がするよ。
人の命って、奪うよりも、取り戻す方がずっと大変なんだな」
「……そうだな」
外科医は自分を大いに恥じて、
これからは内科医のように人を死の淵から蘇らせて寿命を……。
そこで外科医はふと気になった。
「なあ、内科医」
「なんだ外科医」
「この一帯は俺が人を狩りつくして人ひとりいやしない。
なのにあんたは寿命がめっちゃ増えている。
そうそう、命の危機に瀕した人なんていないだろう
いったいどこに、そんな人を隠していたんだ?」
そんな奴がそこらに転がっていれば外科医だって寿命を伸ばす。
内科医はにこりと笑って答えた。
「そんなの、同じ人間を何度も救えばいいだけだろ?
何度も危機にして、ね」
作品名:残り10日の外科医と内科医 作家名:かなりえずき