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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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1日28時間残業の男!

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その日も夜遅くまで残業だった。

「あ、そうだ……残業手続きしないと」

俺の会社では残業する前には必ず
「残業しますよ」と書類を提出する必要がある。

書類を探していると、見慣れない紙が出てきた。

『1日残業手続き書』

「なんだこれ? 会社のやつじゃ……なさそうだ」


・1日24時間から残業する場合は申請してください
・残業時間は未来から差し引かれます


「なるほど、よくわからない。書いてみるか」

残業の疲れもあり、面白がって2時間を残業として申請した。
すると、午前12時になった瞬間、世界が止まった。

「あ、あれ!? なんだ!? どうなってる!?」

俺だけが静止した時間の中で自由に動ける。
パソコンも使えるし、コーヒーだって飲める。

2時間後、午前12時から秒針が進んだ。

「す、すごい……俺だけ1日を残業したんだ!
 これはいいかもしれない!!」

俺は『1日残業手続き書』をごっそり持って帰った。


その日から、劇的に俺の日常は変わった。

「おはようございまーーす」

「おお、ずいぶん元気じゃないか、山田」

「はい、12時間も寝てましたから、元気いっぱいです!」

夜遅くに帰っても、1日を残業すれば寝たい放題。
制止した時間の中でぐっすり寝てから、残業後に起きられる。

それだけじゃない。

仕事漬けの毎日で全然見れていなかった録画番組も見られる。
貯まっていた漫画も読めるから、本当に快適。

休みの日は、残業時間中に移動すれば渋滞も回避できる。
まさに俺だけの時間。

「残業って最高だぜ!! このままどんどん残業するぞ!!」

俺は残業に残業を重ねまくった。
そして、病院で診断を受けたとき。


「死にますね」

「……は!?」

「私にもわけがわからないんですが、
 あなたの体の内側は急速に老化してるんですよ。普通じゃない。
 これ以上、老化が進むと死んじゃいます」

「ええええええ!?」

残業しすぎのツケがここで現れた。
思えば、注意書きでも『未来から差し引かれる』とあった。
それがこの意味だったんだ。

残業は単に1日を好きなだけ延長することじゃない。

俺の未来の時間を、現実に前借しているだけなんだ。

「これ以上……残業はできないな」

おそらく、この先残業してしまうと寿命が尽きて死ぬ。
俺は未来の時間を前借しすぎたんだ。


病院を出て家に帰る途中。

家に向かう方角から騒がしい声が聞こえてきた。

「下がってください! 危険です!!」

消防隊員が必死に野次馬たちを抑えている。
その視線の先には、ごうごうと燃える家。火事だ。

「まだ娘がいるんです! 助けてください!」

「これ以上は無理です! 消火活動が進まないと!!」

おばあちゃんが必死に家に戻ろうとするのを、
消防隊員は必死に止める。

「誰か……誰か娘を助けてくださいーー!」

俺はその言葉に、迷わず残業手続き所に時間を書いた。
1日の残業が行われ、火も人もぴたりと静止する。

「よし! この間に!!」

寿命がなくなってもかまうもんか。
何もできなくなった老後の時間なんかいらない。
俺は今この瞬間を長く過ごしたい。

「いた!!」

2階の部屋で倒れていた女性を助けて家を出る。
ちょうどそのタイミングで残業時間が終了した。

「あ、ありがとうございます……!
 私、煙を吸い込んで動けなくなってしまって……」

「いえ、気にしないでください。
 最後にあなたを救えてよかった」

俺は人生の終わりにふさわしい笑顔を向けた。



が、一向に俺は死なない。

「あれ? おかしいな」

残業したことで俺はもう死ぬと思っていた。
でも、ぜんぜん死ぬ気配がない。

あの『未来から差し引かれる』ってのはなんだったんだ。

全然関係ないじゃないか。

「あの、どうかしたんですか?」

「いや別に! 俺はもっと残業ができるとわかって
 嬉しく思えただけですよ! わははは!!」

それからはまた前のように残業に残業をしまくった。
でも、俺の寿命が尽きることはない。

あんなのはただの脅し文句だとわかった。

 ・
 ・
 ・

「あっ、あなた。今、おなかを蹴ったわ」

「そうか、ふふっ。早く生まれてくるといいな」

火事で助けた女性と俺はまもなくゴールイン。
残業しまくって練習したプロポーズが功を制した。

仕事も順調、家庭も円満、さらには子供までできた。

俺の未来は明るい。

「なあ、子供の様子を見に行こう」

「ふふ、あなたったら。本当に好きなのね」

病院へ行ってお腹にいる子供の様子を確かめることに。
超音波の機械を嫁のお腹にあてた瞬間、医者は凍り付いた。


「いったいどうなってるんですか……?
 おなかの子供ですが……今にも死にそうです。
 まるで寿命が尽きかけているような……」


『未来から差し引かれる』

その意味のもつ、本当を恐ろしさを俺は知った。
でも、もう残業で奪った時間は取り戻せない。