もうひと眠り
「パパ、こわいゆめ、みたの?」
消え入るような声で聞く娘と不安そうな妻を、ぼくは胸に抱いた。
「うん、ちょっと怖かった。でももう大丈夫。起こしちゃってごめんね」
二人の温もりが伝わってくる。ぼくは二人を元通りに寝かしつけ、立ち上がった。
寝室の襖を開け、居間を過ぎ、縁側に出る。くっきりと白い月、砂粒をまぶしたようだと娘が言った星空。その中で、異様に大きく、白い尾をひく星に、どれだけの人間が気付いているだろう。
ぼくたち天文学者がこの巨大な隕石の接近に気付いたのは十数年も前だ。どう好意的に見積もっても、この直径300キロメートルを超す物体は太平洋中央部を直撃することが判明した。ぼくたちはひたすら回避策を探したが……時間は虚しく過ぎていった。
各国政府は満場一致で、この事実を伏せておこうと決めた。ぼくたちは固く口止めされ、地球滅亡の予言という中途半端な噂が流れるにとどまった。それもやがて、時とともに風化した。
タイムリミットが近付くにつれ、地球上から戦争は減っていった。政府が望まなかったからだ。勿論個人レベルでの争いは尽きなかったけれど、ぼくは初めて、人間のまともな美しさを見られたような気がした。みんなきちんと考えられるんじゃないか、最後の日は、平和に迎えられた方がいいって。
――隕石は、ぼくの試算では日本時間で今日の午前5時に激突する。素晴らしく速度があるから、苦しいのはごく一瞬だろう。
さあ、布団に戻ろう。妻と娘の温もりの中に。ぼくはなけなしの勇気を奮い立たせ、砂粒をまぶしたような夜空に背を向けた。