ペットATMに預けていいの?
「はい、夏休み期間でペットを預ける方が多くって……。
ケージの空きがないんですよ」
これで10件目。
どのペットショップもいっぱいで犬を預けられない。
「まずいなぁ……明日から10日間の旅行なのに」
ふらふらとさ迷い歩いていると、
ガラス張りの小さな店に大きめなATMが1つあった。
【ペットATM】
そう書かれている。
『いらっしゃいませ。ご利用する内容を選択してください』
・お引き出し
・お預け
とりあえず「預ける」を選択すると、
大きなペット投入口がぱかっと開いた。
『預けるペットを入れてください』
不安そうにしている犬を入れてみるとふたが閉まる。
犬 ……1匹
[確認]
確認ボタンを押すと領収書が出てきた。
すぐさまペットを引き出すと、まったく同じ犬が出てきた。
「おおお! これは便利だ! さっそく預けよう!」
ペットATMなんて便利なものがあるんだ。
これさえあれば、ペットショップを何軒も回る必要なんてなかった。
犬を預けると、安心して旅行へと向かった。
恋人と水入らずの幸せな長期旅行。
……のはずだった。
「もう意味わかんない! これじゃ全部台無しじゃない!
そもそも道に迷うのがいけないのよ!!」
「君だって俺に任せてたじゃないか!
自分ができないから俺に任せて、責任は全部俺か!」
「はぁ!? なによ!! 私が全部悪いっていうの!?
だいたい、最初から私は嫌だって思ってたのよ!」
「今更何言ってんだ!!!」
俺が道に迷ってしまったことで、ホテルにたどり着けない。
大きな荷物を持ってきた恋人は疲れと苛立ちで激怒。
楽しいはずの旅行は汗と怒号まみれの最低な旅になった。
それも初日で。
今すぐ尻尾まいて帰りたい。
なんとかホテルにはたどり着けたが、
彼女は自分だけ部屋に入って鍵をかける。
「おいちょっと!!」
「あなたと同じ部屋にいるつもりないから。
別の部屋でもとれば?」
関係は完全に最悪。
どうしたものかとホテルをうろうろしていると、
ここにも【ペットATM】を見つけた。
「そうだ……!」
そして、俺は解決策を閃いた。
その日の夜、フロントに恋人だという理由で鍵を借り
寝静まったのを確認してから彼女を連れ出した。
『いらっしゃいませ。ご利用する内容を選択してください』
[お預かり]
『お預かりするペットを入れてください』
開いた投入口に彼女を滑り込ませる。
ふたが閉じると、心がほっと安心に包まれた。
ニンゲン ……1
[確認]
「ふぅ……これで旅行も楽しめるぞ。
彼女も時間を置けば落ち着いてくれるだろう」
予定されていたこの先の旅程はすべて1人で楽しんだ。
彼女がいたら罵り合いにしかならなかっただろう。
旅行が終わって家に帰るころには、
俺自身もすっかり落ち着いていたので、
近所の犬を預けたペットATMへとやってきた。
『いらっしゃいませ。ご利用する内容を選択してください』
[お引き出し]
ニンゲン ……1 [確認]
引き出すと、彼女が戻って来た。
完全に怒りが引いているので、俺は素直に謝ることができた。
「このあいだはごめん。仲直りしよう」
「ええ、私もそう思っていたわ」
「君のいうように先に地図を勉強しなかった俺の準備不足だった」
「ううん、そんなことないわ」
「お詫びってわけじゃないんだけど、今度また行かないか?」
「本当?」
「うん。まだ場所は決めてないけどさ、きっといい場所にするよ」
彼女もすっかり怒りが引いているみたいで安心した。
やっぱり時間を置いたのは正解だった。
「それで、君はどこか行きたい場所とかある?」
「ええ、私もそう思っていたわ」
「は? いや、希望を聞いてるんだけど」
「本当?」
違和感を感じた。
まさか……。
「ねぇ、1+1はいくつ?」
「ううん、そんなことないわ」
疑問が確信に変わった。
「お前……お前誰だよ!?」
「ええ、私もそう思っていたわ」
ATM横に備え付けの電話機を取って本社へ連絡する。
「もしもし!! あんたンとこのATMから
顔は同じなのに中身がぜんぜん違う人出てきたんだけど!!」
『お名前をどうぞ』
「佐藤だよ!! 早く彼女を返せ!!」
『佐藤さまは以前にも犬をお預けになっていますね』
「それがなんだっていうんだ!!
それより出てきた人間はいったい何者なんだ! 別人じゃないか!」
『はい、ペットATMでは預けられた生体情報をもとに
見た目が完全に同じクローンを作って引き出せるんです』
それじゃあの彼女はクローンなのか。
通りで答えにバリエーションがないわけだ。
「って、そんなことどうでもいいんだよ!!
早く本物を返せ!」
すると、電話口の相手がふっと短い息を吐いた。
『大変申し訳ございません。
大事なペットを自分の都合でATMに預けたうえ
クローンだと気付きもしない方には飼う資格ありません。
どこでも引き出せて、都合のいいことだけしゃべる
クローンペットでご満足してください』
作品名:ペットATMに預けていいの? 作家名:かなりえずき