【注】ここで食事を取らないでください
上司が顔を紅潮させて怒鳴った。
その声になんだなんだとフロアの同僚たちの視線が集まる。
「なにって……お弁当ですけど」
何を怒っているのだろう。
「昼食って……君、気は確かかね!?
ここは会社だぞ! それにこんなにも人目がある場所で……
しょ、食事なんて!! まして君は女性だ!!」
「は、はあ……」
「すぐにしまいたまえ!!
処理(しょくじ)はここで行うのではなく
ちゃんとした店で処理してきたまえ!!」
「す、すみません……」
何を怒っているのかわからないけれど、
下手に反抗するわけにもいかないので店にいくことに。
一番会社に近いお店に入ると、
店内は仕切りが全室に作られている完全個室。
「えっ……こんな店でしたっけ?」
「ええ、さすがにお食事中の姿を
ほかのお客様に見られるわけにもいきませんから」
「はあ……?」
個室に案内されると、完全に1人個室。
真っ先に運ばれてきたお通しに手を付けて、
食事が運ばれてくるのを待っていた。
「お客様、ご注文の盛り合わ……きゃあああああ!!!」
店員は私の個室に入るなり、皿を落として割った。
「お客様! なにをしているんですか!!」
「お通し食べてますけど……」
「そんなに口を開けて見せつけるように……!
最初からその姿を見せたくて来たんですか!」
「ちょ、ちょっと待ってください!
まるで露出狂みたいに……」
「露出狂じゃないですか!!」
「ええええええ!?」
居づらくなったので店を出ることに。
そこでやっと気づいたけれど、町には一つも外食テーブルがない。
昨日までは外にテーブルが置かれていて、
ビアガーデンのようにみんな外で食事をとる姿があったのに。
中途半端に食べたり中止したりしたのでお腹が減った。
コンビニで何か買おうと入ったが、
おにぎりもサンドイッチもなにもなかった。
「店員さん、おにぎりって置いてないんですか?」
高校生とおぼしき店員は耳まで真っ赤になって、
バックルームへと逃げ帰ってしまった。
しょうがなく店内を細かく探していると「18」と書かれた
のれんがかかっている入口を見つけた。
中には探していた食べ物系と、なぜかグルメ雑誌が並んでいる。
「なんでこんなところに……」
カゴに食べ物を入れていれていると、
大学時代の友達の男の子と偶然会った。
「あっ、久しぶり」
「おーー久しぶりだなぁ。元気してたか?」
友達は私のカゴをじとりとみる。
「へぇ、やっぱり女の子も食べるんだ」
「そりゃそうでしょ。食べないと死んじゃうし」
「……なぁ、今日の仕事終わりって時間ある?
一緒に食事に行かないか?」
「あ、うん。いいよ」
つい話し込んでしまって、時間が間に合わなくなり
結局なにも買わずに会社へと戻った。
「どうしたの? ずいぶん遅かったじゃない」
「うん、ちょっとコンビニで友達と会っちゃって。
食事の約束してたら遅くなっちゃった」
それを聞いた瞬間、同僚は目を見開いて固まった。
「えっ……そんな簡単に?」
「まあ友達だし。そんなもんじゃない?」
「そ、そうなんだ……」
その会話の後会社ではひそひそと私の噂が話されるようになった。
私に聞こえるように言っているのもあるんだろう。
「ねえ、あの子よ」
「簡単に口開くんでしょ」
「同じ女として恥ずかしい」
女からは悪く言われ、男からは
「ねぇ君、お金出せば食事してくれるんでしょ」
「男と食事が好きってほんと?」
「ぼ、ぼくと……食事してくれないかな……」
鼻息荒く寄ってこられる。
にぶい私でもさすがにここまで来れば気が付いた。
「この世界で……食事ってそういうことなの!?」
慌てて食事の連絡を取りやめて、
食事もひっそりと誰にも見られないように取ることに。
結局、その日はずっと隠れて食事をとった。
「はぁ……明日どうしよ」
お弁当を用意しながら明日が心配になる。
毎回外食するだけのお金はないし、かといって人前で食事はとれない。
変態扱いされるのは避けたい。
「ま……人がいなくなった時に一気に食べよ」
明日の不安を先送りにしてその日は眠りについた。
翌日、朝に会社へいくと
いきなり同僚が会社で食事をとっていた。
「な……! なんで食事取ってるの!?」
「え? なんでって……今朝寝坊しちゃって
ご飯食べれなかったんだもん」
「こんなに人目があるのに!?」
「さっきから何言ってんの?
食事くらい普通にするでしょ」
周りを見ても誰一人として気にしていない。
「男の人と食事をとるのは?」
「別に普通じゃん。そんなに気にすること?」
私は嬉しくなったと同時に安心感を覚えた。
もう何もかも元通りになったんだ!
「だよね!! 普通に食事するよね!!
人目もはばからず食事しても変じゃないよね!?」
「ど、どうしたのよ……!? 普通じゃん」
「普通だよね! そうだよね!
友達と普通に食事するよね!」
私は友達と食事の約束をとりつけた。
なんだかやっと普通の日常に戻れた気がする。
食事をひとしきり終わった友達は私に言った。
「ねえ、一緒にトイレ行こっ」
「え? どうして?
ひとりで行けばいいじゃない」
「え?」
「え?」
私たちは顔を見合わせる。
「トイレの個室って普通ひとりで入らないでしょ。
ひとりで入ってるとこ見られたら笑われちゃうって。
友達と一緒にトイレするのは常識じゃない」
「へ……?」
もう私には"普通"が信じられなくなった。
作品名:【注】ここで食事を取らないでください 作家名:かなりえずき