幻覚風俗店からエスケ―――プ!!
ここでは都会の喧騒を忘れた最高の癒し空間を提供しますよ」
「この店、大丈夫ですか?
覚せい剤とかやばいもの使わないですよね?」
「あはははは、使わないですよ。
一流の政治家さんも頻繁にご利用されています。
そんな危ない薬のお店ではありません」
そう言って、店員は白い薬を出した。
「では、こちらが幻覚剤です」
「めちゃめちゃ覚せい剤っぽいじゃないですか!」
「だから大丈夫ですって。安心してください。
ほら、国からもちゃんとお墨付きいただいますし」
店員が見せた証明書は本物っぽい。
これならさすがに大丈夫だろう。
それじゃ、さっそく……。
「あ、待ってください。
幻覚と現実の区別がつかなくなる人がいます。
現実に戻る合言葉を決めておいてください」
「そんなのいりませんよ。
2次元に恋をするとか、そういうタイプじゃないんで」
「そうですか? では行ってらっしゃい」
俺は粉を水に溶かして一気に飲んだ。
目の前は一瞬で酒池肉林の桃源郷。
水着の女が手招きしている。
「おおおお! すごい! これが幻覚!」
たぶん、現実の俺は動いていないんだろうけど
体も自由に動かせている。すごいぞこれ。
酒のプールで泳いで、美女にちやほやされて最高だ。
「ああ、もう最高だ! このまま死んでもいい!」
さながら朝の布団のように、ありとあらゆる現実を無視して
今はこの堕落を味わい尽くしたい。
そこで俺は現実に戻らないことを決めた。
「現実なんて辛い会社と退屈な毎日。
顔を合わせるのはブスばかり。
ずっとこの幻想の中で暮らそう!」
・
・
・
幻覚生活をどれだけ過ごしただろうか。
この世界には時計がないので時間がわからない。
気が付けば浦島太郎のように、時間が経っているかもしれない。
「ねぇぇ、どこ行っちゃうのぉ?」
水着の女がなまめかしく誘う。
でも、それももう飽きた。
美人は3日で飽きるとはよくいったものだ。
「現実に帰ろう。ここは楽園だけど、新しい発見はない。
新しい楽しみもない。いつも同じだ。
だったら現実の方がまだいい」
問題なのはどうやって現実に戻るかだ。
自分をつねっても何をしても俺は目を覚まさない。
「おおい! 現実に戻してくれ!! かむばーーっく!」
効果はない。
こうなったらアリババ方式だ。
「戻れゴマ! リセット! エスケー――プ!!」
最後の呪文を唱えた瞬間。
目の前が一気に変わり、店員の顔が見えた。
「お疲れさまでした、どうでしたか?」
「あ、"エスケープ"で現実に戻るんですね」
大満足したことを話すと店員は嬉しそうにした。
「では、またのご来店をお待ちしております」
店の出口に手をかけたときだった。
俺はふと気が付いた。
(あれ? 金って払ったっけ?)
まあ、でもわざわざ戻って払う必要もないのでそのまま店を出た。
店を出ると道路を泳ぐクジラにひかれそうになった。
「バカやろ――! 飲み込まれたいのか!!」
クジラの運転手は吐き捨てながら去っていった。
「……え!?」
なにこの世界観。
コンクリートは海のように波打っている。
みんな歩くのではなく、泳いで道を進んでいる。
「どうなってる!? 副作用で俺の頭がおかしくなったのか!?」
店員に詰め寄ると、店員はにこりと笑った。
「いらっしゃいませ、幻覚風俗店へようこそ」
「質問に答えろ! お前、俺になにをしたんだ!!」
「いらっしゃいませ、幻覚風俗店へようこそ」
「お、おい……」
「いらっしゃいませ、幻覚風俗店へようこそ」
店員の目の奥に電子機器らしき光が見えた。
こいつは人間じゃないのか……!?
「なんだよこれ……聞いてないよ……!
エスケープっていえば現実に戻れるんじゃないのか……!」
その瞬間、目の前の光景が一気にかわった。
今度は荒れ果てた荒野で馬にまたがっている。
俺の服装はカウボーイの西部劇ファッション。
「え!? なんだこれ!?」
ここが現実じゃないことは間違いない。
とすれば、さっきのも幻覚だったのか。
「え、エスケープ!!」
次は目の前に広大な草原とバカでかいドラゴンが火を噴いている。
俺の手には伝説の剣が握らされている。
「ひえええ! エスケープ!!」
「エスケープ!」
「エスケープ!」
「エスケ――――プ!!」
世界は何度も切り替わり、そのたびに何度も世界を体験した。
まるでテレビのチャンネルを変えるように。
でも、一向に現実世界へと戻ることはない。
「もうだめだ……それらしい合言葉はすべて試したし……。
ビビバビデブーも、アブラカタブラもダメだった……」
ゾンビだらけになった世界で、
ゾンビとはまた別のことで絶望していた。
あんなに忘れたがっていた現実が今は恋しい。
「貧乏で、退屈で、つらいことばかりだったけど……。
俺には現実世界が一番だ……」
もう戻れないあの世界。
「ま、この世界も楽しいっちゃ楽しいし。
せっかくだしゾンビでも倒して遊んでおこおか。
いけぃ! 俺のガトリングガン!」
その瞬間。
「お客様、お目覚めですか」
ベッドの上で目が覚めた。
見慣れた部屋。ここは幻覚風俗店。
「おたのしみだったみたいですね。お疲れさまでした」
「ここは現実ですか!? 現実ですよね!?
現実であってください! お願いします!!」
「え、ええ現実ですよ?」
「道路にくじらとかいませんよね!?」
「は、はぁ!? いませんよ?」
店員は"なにいってんだ"と言いたげな顔をしている。
でもそのリアクションが現実感の証拠だ。
「でも、どうして現実に戻ってきたんだろう」
「お客様、"お会計"とおっしゃっていたじゃないですか。
合言葉がないお客様には"おあいそ""お会計"のたぐいが
現実世界に戻る合言葉になってるんですよ」
遊んでおこおか いけぃ! 俺のガトリングガン
遊んでおこ おかいけぃ! 俺のガトリングガン
「……あ」
あれが偶然"お会計"になっていたんだ。
「良かった……本当によかった。
もう現実に戻れないんじゃないかと思った」
「このお店のモットーは現実の大事さの再認識ですから」
店員はにこりと笑うと、レジの機械をうちはじめた。
「えと、時間が延長に延長をかさねたので……。
代金は、 255,322円になります」
レジのディスプレイに表示された25万を見て、俺は凍り付いた。
「え、エスケー―プ!!!」
消えたのは俺の財布の金だけだった。
作品名:幻覚風俗店からエスケ―――プ!! 作家名:かなりえずき