ヒステリック エンジェル。
16歳の風俗ジプシー。
いかがわしい風俗街に、桜の花びらが舞う。
15cmのヒールで落ちていく花びらを踏み潰す度、心がヒリヒリとした。
あたしは16歳になろうとしていた。
高校には行かなかった。
早朝、ホストのキャッチを交わしながら店へと向かう。
途中のコンビニで買うモノは、コーラとタバコ。
これから0:00まで長い長い戦いが始まる。
あたしの戦闘着はOLから学校の制服に変わった。
セーラー服、ブレザー、スクール水着、体操服、チアガール。
プレイルームには学校で使う椅子と机、黒板、跳び箱がある。
主に客が先生役になり、受け身がメイン。
パジャマを着てアイマスクをし、ブラックライトの中で夜這いをされるコースもあった。
あたしはイメクラ嬢になっていた。
店長とは結局、セックスだけの関係で終わった。
あたしが店を飛んだり、他の店に引き抜かれたりしないように付けられた監視役だったんだって。
ずっとナンバーワンを守ってこられたのも、店長が裏で操ってたからなんだって。
笑えるね。
監視役はセックスまで管理するんですか。
もう、どうなってもいーや。
こんなボロボロの身体だけはまだ動いているけど。
レンちゃんは相変わらずだった。
毎日開店前からパチンコ屋に並び、閉店時間まで家には帰らない。
サラ金から借りては返済日に返せなくなり他の業者からまた借りる。
自転車操業に陥っていた。
レンちゃんの家のポストには何十通もの明細と督促状が詰め込まれていた。
店長という男を、あたしの中での唯一の支えになっていた男を失って、あたしはフラフラとレンちゃんに感情を持って行こうとしていた。
レンちゃんもきっと苦しんでいる。
ギャンブルの蟻地獄の中で、必死にもがいている。
レンちゃんを助けたいと思った。
地獄の暗闇から抜け出させてあげたいと思った。
あたしの生きる意味を、身体を売っても見出させてくれるなら。
店長の店を飛んでから、風俗求人誌を読みあさり一番保証の良かった今の店へ飛び込んで面接を受け、その日からオープンラストの週7勤務、生理休暇以外はフル稼働で働いた。
レンちゃんの借金を肩代わりすることにしたんだ。
返しても返しても、減るどころか高金利で増えていく借金。
あたしはレンちゃんに生きる意味を与えて貰っている。
だからこんな仕事を背負うなんて大したことじゃないんだよ。
結局また始めてしまったリストカットの傷で埋め尽くされた両手、両足。
そんな手と足を持った女が自分の性器を口に含んでいることなど、客にとってはどうでもイイことなんだろう。
あたしにとって、射精させておいて「こんな仕事やめろ」ってウザい説教を喰らうことと同じだ。
お金になることならなんでもやった。
店の看板嬢として風俗情報喫茶にパネルを出し、ホームページの写メ日記も鬼のように更新し、卑猥なムービーを撮影し、風俗雑誌のグラビアモデル。
顔出しでバレることなんてなんにも怖くなかった。
あたしは、雑誌やネットに、完璧なあたしを見つけることがたまらなく幸せでもあった。
男たちが射精をしたくて見ている、そんなことにも優越感を感じたんだ。
あたしが年下なことにも気付かずに店のキャストたちの見る目線が変わる。
店の専属カメラマンはとても変質的で、いやらしい目つきで舐めるようにあたしのリストカットの傷痕を撮影した。
どうせ、修正を施され、綺麗な肌になる。
レンちゃんはあたしの仕事にはまだ気付いていないんだろう。
「これで返せる?」
返済のためにと渡したお金は、あっけなくパチンコ代に消えていく。
あたしはそれでも身を売って心を削ってお金を渡し続ける。
きっと変わってくれる。
そう信じていたから。信じたかったから。
自己満足の偽善者でもイイ。
それにこの身体はもう既に存在意義さえも失いかけている。
壊れるだけ壊れて、灰になったら、それでイイ。
あたしは流行っていた出会い系バーに頻繁に通うようになった。
援交相手を探すためだった。
店内にはカウンターがあり、酒を飲みに来たと称する男が女を買う。
金額設定は自由で、あたしは1回、5万円。
深夜0:00にイメクラの仕事が終わって、出会い系バーに足を運ぶ。
早朝まで出会い系バーのベッドだけがぽつんと置いてある別室で不特定多数の男とひたすらセックスをする。
1日中、男の性器を見ていてもなにも感じない。
ただの肉の塊。
イメクラで借りた寮に帰宅して、お風呂に入るときだけに罪悪感が生まれた。
犯され続けた汚い身体。
今までに微塵も感じたことのない、虚しさ、淋しさ、苦しさが涙になってあたしの眼球から零れ落ちる。
あたしは何度も何度も身体を洗う。
すべて、すべて、すべて、洗い流してしまいたかった。
お金はいくら稼いでも足りない。
出口なんて見えない。
そして、存在しているのかさえも、わからない。
もしも、このループの先に出口に繋がる扉があったのなら、あたしはその扉を開ける鍵を持ち合わせているのだろうか。
「行かないで」
あたしの意思なんてレンちゃんにとってはゴミみたいなモンなんだろう。
お金を渡すことがすべてではない。
そんなことわかってたけど。
あたしから裸になる意味を奪わないで。
あたしから生きていける意味を奪わないで。
もうなにも失いたくないんだよ。
作品名:ヒステリック エンジェル。 作家名:後藤りせ