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Quantum

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5. Tangible



「っ……あの……絶倫座め……っ!」

 僅かに乱れた呼吸を整えながら、汗を拭う。
 幾度も結界を張りつつ、瞬間移動を繰り返し、執拗すぎる追跡をようやく振り払った。相手は黄金聖闘士、容易く屈することのできる相手ではない。弱点をつき、策を弄しながら慎重に突き崩すのは無駄に骨の折れること。
 それでもシオンのしたためた攻略本のおかげもあって、シオンが眠りについてからはひと月ほど経過を見た後、シャカは行動を静かに開始し、順当に仲間を屈していった。
 あと残すところはアイオロス、アイオリア兄弟とサガだけとなった。ムウとの消耗戦を終えたところで、しばらく活動は間をあけるつもりだったのだが、不意打ちのように現れたアイオロスにシャカはギリギリの攻防戦を強いられた。まだ体力的にも精神的にも摩耗した状態で対峙するには厄介すぎる相手だった。

 大体、である。一応は敵というか捕縛する相手であるはずのシャカをあろうことか、アイオロスは口説こうとしたのだ。きわどいお触りも然り、シャカの中にあったアイオロス像が木端微塵に砕けるのも無理もないこと。
 色々な意味で立て直す必要もあり、不承不承、逃げの一手を選択したシャカは容赦なく放たれた黄金の矢をかろうじて掠める程度で避けながら、得意の瞬間移動でなんとか逃げ切ったのだ。それはともかく、全身の熱がひどい。身体を冷まさなければと一路目指す。

 聖衣ほどの頑丈さはないけれども、割合に丈夫なはずの布地は鋭い鏃に切り裂かれ、露出した大腿からは血がぬるく流れ出ていた。裂けた肉を中心に熱を放ち、それは全身へと波及してじりじりとした痛みを告げる。小さくシャカは舌打ちしたあと、いくつかある拠点のうちの一つに一旦、身を潜めることにした。

 融けぬ雪に覆われた山の頂を見上げる広大な裾野の一角。穢れを払うような霊力に満ちた大地。息を吸うだけで清められていく感覚にシャカでさえ、総毛立つほどだ。
 自然が作り出した砦にひっそりと忍び入ったシャカは滴る水滴を受けながら、祠のようになっているところで一つ一つ身を覆う鎧を剥ぐように、装飾物を剥ぎ取り、異空間へと収めた。さっぱりと全裸となってようやく解放感を味わいながら、幾年月を経て溢れ出た清らかな泉へと躊躇うことなく身を投げた。キュッと全身の皮膚が引き締まり、熱を奪っていく心地よさにシャカは身を委ねる。

 水深は10メートルを超えているだろうが、不純物を含まないその泉はトンと水底にシャカの身体が辿り着いても、見上げた水面は生い茂る木々の色濃い緑を映し、隙間から毀れ見える青い空も曇ることなく水底まで届けていた。じわりと伝う太ももの傷の痛みよりも、先刻ムウとの決着に言い知れぬ痛みを感じていた。

 シオンの元から離れようとしないムウを、貴鬼を浚って誘き出すというあこぎな方法を取ること自体シャカの意に反するもの。そして、ムウの琴線に触れることはきついものがあった。
 アリエスの聖衣を眠りにつかせるように放った一撃。

 『そんな……馬鹿な――』

 絶望的なことばを発しながらムウが膝折れた瞬間、決着した。一族だけが知る聖衣の弱点を的確に突くことで、ムウは悟ったのだろう。私が秘密を「識る者」なのだと。そして、その秘密を伝えたのが教皇、シオンなのだということに気付いたからこその戦意喪失。ムウの身体を離れ、崩れ落ちた黄金の聖衣は贄に差し出された哀れな羊のようにシャカには視えた。そして茫然と膝折れたムウもまた同様に。

 シャカに敗れた者たちは大なり小なり似たような反応を示した。黄金聖衣が機能不全に陥ればこうも容易く戦意喪失するものなのかとシャカが唖然とするほどだ。黄金聖闘士といえども、聖衣あっての存在なのだろうか。そうではないはずだと思えども、頼るところは大きいのだろう。聖衣失くして、なお立ち向かうことのできる者はどれだけいるのか、危惧するばかりだ。

 ―――だとすれば、アレは稀有な存在なのだろうな

 ふと思い起こす存在。黒き者としてシャカは認識しているが、それでも精神的な強さは比類なき者。己が身一つでも青銅聖闘士たちの前に立ちはだかった者の存在を脳裏に浮かべた。今はもう存在しない黒い影だが。

 ふわりとシャカは浮上して、水面から顔を出し、勢いをつけて水辺から這い出た。ぽたぽたと髪から滴り落ちる水をぎゅっと絞り、何もない空間から布を取り出す。ザッとおざなりに拭き取り、太腿を這い伝う血を睨みながら、ぎゅっと縛り付けた。
 今度はふだん着なれた布をしゅるしゅると巻きつけながら、自らの拠点とするインドへと意識を向けた。なかでも滅多と人が立ち入らぬ古い寺院に狙いを定める。応急処置程度なら、あそこでも事足りるであろうと思ってのことだった。

 引ききらぬ熱に浮き立つように半裸の無防備な状態で衣装を巻きつけることに気を取られながら、シャカは寂しげな空気に満ちた静かな寺院を覆う、薄い膜のように張った己が作った結界内にそっと足を踏み入れた。

「シャカ?」
「―――っ!?誰だ!?」

 元々人里離れた場所、一昔前に打ち捨てられた寺院だ。誰が訪れることなどあろうはずもない――と思い込んでいたことや、また意図してのことかは不明だが、相手も用心深く小宇宙を押さえていたのだろう。一瞬、他者の気配に気付くのが遅れた。シャカは驚き、小宇宙を高めかけた。


作品名:Quantum 作家名:千珠