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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
novelistID. 60014
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火の玉

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火の玉


火の玉を見たことがあるか。

 それは、小雨交じりの夕方のことだった。車を買ったばかりの僕は、実家に帰るため、山道の国道をレーサー気取りで翔ばしていた。本当は前を走る車には追い付かない程度のスピードで、極安全運転だった。すれ違う車もわずか。峠を越えた頃には日も落ち始め、木々に囲まれた道路は、もう暗く感じた。僕はレバーのスイッチを回して、ヘッドライトを点けた。すると周囲はとても暗く感じて、なんだか寂しい気分になってきた。

 音楽はかけていない。なぜならまだ運転に慣れていないので、集中力を維持できないと、山道の走行に不安があったからだ。それに、音楽を聴きながらのドライブの良さを、僕自身がまだ知らなかったので、運転そのものを楽しんでいた。
 辺りはすっかり暗くなってしまった。時々すれ違う対向車を見て、
(ヘッドライトの色には、違いがあるんだな)と考えていた。

 大きな右カーブに差し掛かった時、山陰から地面を照らす対向車のヘッドライトの明かりが見えた。咄嗟にブレーキを踏んで減速した矢先、大きな観光バスがセンターラインを越えて飛び出してきた。僕はガードレール擦れ擦れまで回避し、何とか避けることができた。まさに間一髪だった。もし、ブレーキを踏んでいなかったら、間違いなく正面衝突していただろう。あんなに大きいバスの運転手は、運転経験も豊富だろうと思っていたのに、衝突を回避したのは、免許をとってわずか2か月の若葉マークの方だった。

 僕は怖くなって、直線に出てから路肩に寄せて停車した。両眼を瞑り、深いため息をついて、ハンドルに突っ伏した。その時、額が当たり、クラクションが鳴ってしまい、再びドキッと飛び上がりそうになった。その瞬間、目を開いて前方の景色が見えた。
 前方の下り坂に何やらぼんやりとした明かりが一点あった。坂道を上ってくるバイクの明かりだろうか。いや、それにしては細かく点滅しているように見える。距離にして50メートルくらい離れていたが、その距離は縮まってはこなかった。
(何だろう?街灯など一つもない道で、道路工事のランタンか何かか)
常識的な判断だった。その明かりを見ながら、心臓のドキドキを鎮めるため、呼吸を整えようとした途端、今度は違う違和感を感じた。
(あの明かり、動いている)

 薄暗く照らされた周囲の景色は、段々とこちらに近づいて来ている。そしてそのスピードは明らかに加速し始め、自転車、バイクといった発光源はまったく見えず、光の玉だけが僕の車の方へ向かって、坂道を上って来た。
 僕は自分の車にぶつかって来ると思った。急いでシートベルトを外し、ドアから飛び出した。その時、光はバチバチと電気のような小さな音を出しながら車の上を通過して、林の切れ目から上空に浮き上がり、まるで蝋燭の火が消えるように小さく、やがて見えなくなった。
(きれいだな)
雨の音が静かに聞こえて、なぜか冷静にそう思った。

 車に戻り、少し考えてから、カーステレオをオンにして音楽をかけた。
(ひょっとして、さっき、死んだのかな)
そう考えながら、火の玉のことを思い返し、ゆっくりと車を走らせてその場を後にした。

                完

作品名:火の玉 作家名:亨利(ヘンリー)