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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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毎日オリンピックのエース!

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俺には何もない。
才能もない、実績もない、人望もない。
明日、事故って死んだとしても誰も心配しないだろう。

『日本の経済成長の衰退の原因は、
 国民が競争することを忘れたからだと思います。
 よって、ここに"毎日オリンピック"開催を宣言します』

テレビではよくわからないことを報道していた。
その翌日、俺の家の前にはクラウチングスタート態勢の
会社員たちがずらりと列をなしていた。

「えっ!? なにこれ!?」

「位置について……よーーい……」


ばんっ。


スーツ姿の会社員が猛ダッシュ。
俺はあっけにとられて後ろ姿を見守っていた。

会社につくと汗だくの社員が待っていた。

「いやぁ、もう少しで銅メダルでした。
 "会社までの通勤競争"は惜しかったです」

これが……毎日オリンピックなのか。
お昼になって、ランチに出かけると
店の客は全員食事の手を止めていた。

「ここでもかよ!?」

「位置について……よーーい……」

ばんっ。

客たちはいっせいに早食いをはじめる。
鬼気迫る表情はとても子供やお茶の間に見せられない。

「食べた! 食べたぞぉぉぉぉお!!」
「おめでとうございます! 金メダル!」

いったい何やってるんだ。

「あの、どうしてあなたは競争しないんですか?」

「へっ?」

早食いオリンピックに参加していた客が、
俺を珍獣を見るような目で聴いた。

「いや別に参加しなくてもいいかなって……」

「そんなだから経済成長が滞るんですよ。
 あなたまだ若いでしょう。
 なのに、草食系っていうんですか?
 斜に構えていることがかっこいいとでも思ってるんですか?」

「す、すみません……」

もう世間では競争することの方が自然になっていた。
競争しない方が変人扱いされて面倒くさい。

俺はしぶしぶ毎日オリンピックに参加するようになった。


「田中君、すごいじゃないか!
 "会社までの通勤競争"で金メダルとはやるねぇ!」

「田中さん、すごいです!
 "ランチの早食い競争"でも金メダルなんですね!」

「田中君、君は見込みあるねぇ。
 聞けば"トイレで素早く用を足す競争"でも1位なんだって?」


「ええ、俺は昔からなんでもそつなくできるんですっ」

参加してみると、あっという間に金メダルが取れた。
昔から人よりは"ちょっとできる"が多かったので、
才能ある人には劣るものの、一般人の中では常に優秀。

相手がオリンピック選手でもないので、
金メダルを取ることはたやすかった。


俺の活躍は近所だけにとどまらず、
テレビでも特集が組まれて知名度は一気に上がった。

『都内在住の田中さんは、今日で金メダル通算36枚目。
 明日は何個金メダルを取ってくれるのでしょう』

『他の国と比べてみても、
 日本の金メダル獲得数は差をつけています。
 この調子でどんどん差をつけていきたいですね』

嬉しかった。
今まで"ちょっとできる"だけの地味な俺が
こんなにも期待されることが心地よかった。

翌日、俺は疲れがたまっていたのか盛大に寝坊した。

「し、しまったぁ!」

慌てて会社につくと、上司は残念そうな顔をしていた。

「田中君、今朝の"通勤競争"はどうしたんだい?
 金メダルを取ってきてくれると、娘に話してたんだがね」

「その……寝坊しまして、すみません」

「君ね、自覚が足りないよ自覚が。
 君が取りこぼした金メダル1枚で、
 ほかの会社に金メダル枚数で抜かれたらたまらないよ」

「えっ……?」

気味悪さを感じる。
テレビでは俺が金メダルを取れなかったことで落胆していた。

『金メダラーの田中さんですが、
 今朝は金メダル取り逃したようです。
 町の声を聴いてみましょう』

"えーー! そうなんですか! うっそー"
"期待してたんだけどなぁ"
"マジですか? 金メダル増えてないんすか"

『田中さんには今後も金メダルを取ってもらうため、
 地元の住民たちが応援にかけつけるようです』

慌てて窓の外を見ると、横断幕やら応援団やらが
会社の外から大声でエールを送っている。

「「「金メダル! 金メダル! 金メダル!」」」

「田中君見たまえ、あんなに頑張れって応援してるんだよ。
 君が金メダルを取らないで誰が取るんだ」

気味悪さの意味がやっとわかった。


――こいつら、金メダルで競争してる。


金メダルをどれだけ獲得できたかを競っている。
地元の人たちは、"自分の近所での金メダル枚数"
会社の人たちは、"自分の会社での金メダル枚数"。

毎日オリンピックで、毎日競わされることが
骨身に染みついてなんでも競争してしまっている。

他人と比べてどれだけ"物を持っているか"を気にしている。

「いやだ……俺はもう嫌だ……。
 俺は、俺は金メダル製造機じゃない……!」

「田中君、私たちの期待にこたえてくれよ」

「いやだ! 俺は……俺はっ……!!」

会社を飛び出して、誰もいない場所へ逃げようと走った。
でも、周りがぜんぜん見えていなかった。

車道に飛び出し、目の前に車が迫ってくるその時までは。


 ・
 ・
 ・

「気が付きましたか? ここは病院ですよ?」

清潔感のある白い風景。
体中にはギブスが巻かれている。

「大変でしたね、上半身は全然大丈夫ですが
 下半身を動かせるようになるまでは時間がかかります」

「本当ですか!」

「なんで嬉しそうなんです?」

「いや別に……ふふっ」

俺はつい顔がほころんだ。

もう誰も俺には期待しない。
きっと今頃は金メダルの枚数で競っていた
おろかな自分たちを恥じているんだろうな。

すると、看護師は車いすを引いてきた。

「あの、看護師さんその車いすは?」


「さ、早くこれに乗ってください。
 "毎日パラリンピック"の種目が始まるんです。
 この病院の金メダル枚数をもっと増やさなきゃ」