天国に落ちる
笑ったのは結婚前に贈ってくれたオレンジの薔薇歳の数。
かなり高額だったのが一目で解った。センスもばっちりで直球。
で、「なぜあのような」と訊くと、
「パチンコ出た」。
亡夫は肩にいきなり鳩が止まったり部屋に野鳥が入って来たり幼児が間違えて後ろから抱きついて来たりする、聖フランシスコみたいなおっさんだった。
逸話に事欠かなかった。
部屋はいわゆるゴミ屋敷。
「そのへんガラス割れてるから土足で上がって」。
「暖房コタツしかないから上着脱がないほうがいいよ」。
「生まれ変わったら何がいい?」
「そうだなぁ。間違って屋根瓦から生えたペンペン草かな」。
8つ下のわたしを「小さい子」と呼んだ。
休日は絵を描いて遊んだ。画家の卵だったのでその絵を見るのは楽しみだった。どこで見切りをつけたのかは知らない。
高3の進路相談の際どうしたいか訊かれて
「野たれ死ななきゃいいと思います」。
亡夫母心得ており、
「本人もそう言っておりますので」。
言葉を失う教師。
で、20年後に野たれ死んだ。
5年ぐらい、人生を諦めて暮らしてた。
心は一緒に、天国とやらに吸い込まれ、落ちてった。
あまり思い出さなくて済むようになった、ということは、
黄色い蝶々かなんかになって気楽に遊んでるだろうから、なんだろう。
わたしは実にふわふわ、そしてどかんと地上へ戻った。
ヘヴィドラッグが突然覚めたみたいに。
今泣いている。静かに心地よく。でも、
あんまりじゃないか。