聞く子の約束
第7章 秘密ができ始める
数ヶ月が過ぎてもキクちゃんは、キャンパス内では決して僕を近づけすぎなかった。僕は、(周囲の目もあるし、変な噂が立つのを警戒しているのだ)と思っていたけど、実際は子供扱いされていると感じる時もあって、男としての対象ではなかったのかもしれない。僕も敢えてキャンパスではキクちゃんとは距離を置いて、周囲にプライベートな関係を(単に気軽に話しかけるようなことさえも)悟られないように気を付けていた。
しかし人目が無い時は、彼女の方からニコニコしながら近づいて来てくれる。エレベーターの中で二人きりになった時など、普通気まずい空気になると思うのに、キクちゃんとならホッとして、ドアが閉まった瞬間に、お互いに大きな溜息を付いて顔を見合わせ、笑い出すようなことがあった。
また、僕はよく本館ロビーの半地下にある、人の少ない自習室で、授業の空き時間をつぶしていた。時には一人で宿題をしていることもあって、キクちゃんはその時間を把握して、わざわざ自習室の前を通ってくれているようだった。大学の隣のハーゲンダッツでアイスを買って来た時に、僕が一人でその部屋にいたのを見つけて話し込んでしまい、アイスが溶けそうになり、二人で一つのアイスを、同じスプーンで食べたことがあった。なんだか嬉しい思い出だ。
大学の外で会うような時は、(完全に挑発しているな)と感じるくらい、ニヤニヤとくっ付いてくる時もあったので、明らかに僕の気持ちを弄んで楽しんでいるように感じた。でも間違いなく彼女は、僕を近くの存在として認め始めていたはずだ。
(キクちゃんの弟的な存在として、見てくれていたら嬉しいな)という、こんな期待はハズレていたのかもしれないけど、僕は他の学生から嫉妬されるであろう、少し親しい間柄になっていたことに浮かれていた。
篤志やジュンも調子に乗って、僕と同じように「キクちゃん」と呼ぶようになったので、僕はそれがいやで、キャンパスではなるべく「森山さん」と呼ぶようにした。二人だけの時に特別な呼び方をして、少し秘密を共有することで、仲のいい従姉弟(いとこ)同士ぐらいの感覚になってきていたと思う。