聞く子の約束
第4章 キクちゃんとヒロ君
大学に『ジロー』というカフェがある。大学院課程の校舎のロビーを改装した店で、値段設定が街の喫茶店並みで結構高いため、先生や職員、大学院生が多く、一般学生はあまり利用しない。
そこで篤志とジュンと三人でパフェを食べていると、森山さんが一人でやって来て、僕と目が合うなり、
「あっ。木田ジロー!」
と声をかけてくれた。
このカフェの壁には、芸術家、喜田次郎(キダジロー)が製作した大きな壁画が掲げられていたので、こう呼んだのだった。
彼女はピラフを注文して少し離れた席に座ったのだが、僕たちの会話は多少小声になり、明らかに彼女を意識している空気が流れた。篤志はそれを打開しようとしてか、逆に大げさにトークをし始めてしまったのだ。
彼女の前ではなるべく無難な会話をしたいのに、友人たちが僕の交際相手の話をするのはまだしも、別の女子の話をしださないかとハラハラした。時折森山さんを見ると、しっかり会話の内容を聞いていて、ニコニコしてこちらを見ている。
僕と森山さんの関係は、向こうに主導権があるのは明らかで、強敵に手足を縛られ、丸裸にされていくような気分だ。
その後、カフェを出て友人達と別れたら、僕はすぐに『ジロー』に戻った。森山さんは食後にアイスココアを飲んでいた。
「木田ジローはひどいなー」
と言って近づくと、
「ふー。お腹キンキンだぁ」
お腹を撫でて嬉しそうに言った彼女のこの言葉は忘れられず、今では僕の満腹時の口癖になってしまっている。
彼女は僕に笑いかけながら、椅子に座るように促した。そしてしんみりと、
「私ね、木田って名前に抵抗があるのよ」
(何のことかな?)と思って聞いていると、
「子供の時からよく大学に連れて来られていたんだけど、そんな時によく遊んでくれていたのが、木田さんと言う人なの」
「ああ、学生課の藤達也に似た格好いい人でしょ」
「あはは。そんなカッコよくはないけど、同じ苗字でなんだか呼びづらいのよ」
その時僕は、(その木田さんが、彼氏なのではないか?)と感じた。