敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
渡し綱
細いロープが高さ2メートルばかりの宙にピンと張り渡された。宇都宮がロープの端を持って広間の向こうの出口まで行き、天井の梁に鈎を掛けたのだ。それでこちらの頭上までピンと張るようにする。洗濯物でも干すような渡し綱の出来上がり。
「で、どうするんだ」敷井は言った。「これにブラ下がって向こうへ行くのか?」
両手で掴まりブラ下がってエッサホイサと猿渡りしろという話かと思ったのだ。どうやらこの広間は、床に足が着かなければ警備装置にかからずに抜けることができるらしい。ならば宙に綱を張りそれを渡って行けばいい。
ロープは必携装備として誰でも身に着けていた。だからその一本を宇都宮に渡すだけだ。それを垂らして歩いていっても、床の重量センサーは、ロープが触れた程度なら反応することはないだろう。ネズミが上を通るたびに警備装置が作動しては大変だ。
と言うわけで宙にロープを張るのは簡単――だが、と思った。張り渡したロープの太さは2ミリほどだ。強靭な化学繊維の綱だから人を十人吊るしても切れる心配はなかろうが、こんなものにブラ下がったら手がもたないのではないか?
敷井は自分の手を見てみた。軍用の手袋をはめているが、さして厚みがあるものではない。この手でブラ下がったなら、指にロープが食い込むだろう。自分の体重だけでなく、銃を含めて10キロばかりの装備を身に着けてもいる。その重さが全部、指にかかるのだ。
その状態で10メートルほどの距離をエッサホイサ――無理だとしか思えない。
だが、そこで熊田が言った。「そんなこと、するわけないだろ。こうするんだよ」
カービン銃のストラップを外して輪にし、カラビナを付けて宙に張ったロープに吊るす。熊田はヒョイと飛び上がってロープに身を絡ませた。ストラップの輪に体を通し、カラビナが自分を吊るしてくれているのを確かめると、両手両脚でロープを手繰(たぐ)ってスルスルと移動していく。まるで人間ロープウェイといった塩梅(あんばい)だ。
「ははあ」
と言った。なるほどあれなら――しかしどうやら天井でミシミシと妙な音がする。ロープを通した天井のパイプが軋んでいるようだった。これ、もつのかなと思っていると熊田が向こうに辿り着いて、
「次だ」
と言った。残りの者達全員で顔を見合わせた。
「誰から行く?」
「背の低い者からだろ」
と尾有が言った。この中でいちばん背が低い。上に張ったロープまでジャンプしないと手が届かない。ストラップの輪に体を通すのは彼ひとりでは難しそうだ。
「そうだな」
と敷井は言った。しかしどうやらこの中でいちばん身長があるのは自分だ。おれが最後に渡ることになりそうだなと思いながら、敷井は天井のパイプを見上げた。
これ、最後までもってくれるのか――どうも頼りにできない気がする。しかし、だからと言ったところで、ロープの端をひっかけられるものがそこに他にはないのだから仕方なかった。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之