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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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嘲笑



そうよ、人は滅びるのよ。それでいいのよ。そうでしょう? レーダー画像の中で魔女が語りかける。その声を森は聞いたように感じた。

母さん、と思う。魔女は母の顔をしていた。世の終わりを夢見るときに浮かべていたあの笑い。もうじき、もうじき……母はいつも言っていた。もうじき予言が果たされて、すべての人が死ぬときが来る。その後であたし達だけ神は救ってくださるのよ。ああ、そのときが待ち遠しいわ……。

そうよ、わかるでしょう、ユキ――画面の中で母が笑う。やっとそのときが来たんじゃないの。あなた、それを止める気なの? そんなことはないわよねえ。ずっと教えてきたのだから……そんなレバーは離しなさい。そして笑うの。母さんのように。あなたもここで、人がもがいて死んでいくのを一緒に笑って眺めましょ――。

ね?と言った。今や右腕の古傷の疼(うず)きは、耐え切れぬほどになっていた。包丁で斬られたときの痛みの記憶。それを腕が思い出し、脳に送ってきたかのように。

あるいは、もっと古い記憶だ。母は娘のわたしが手に持つものを、それがなんでも取り上げてきた。手首を掴んで伝道に引きずり、ドアがバタンと閉められるたび雑巾絞りに腕をギリギリねじ上げてきた。

その痛みだ。腕がちぎれるような痛み……嘘よ、こんなのは錯覚よ。森は思った。レーダー画像で眼がおかしくなっているだけ。こんなのは全部幻よ。

幻覚だ。もちろん、そうに違いなかった。消えろ、と念じた。母さん、わたしはあなたの言うことは聞かない。このレバーは離さない。だからどいてよ。邪魔しないで。

けれど消えない。何を言うのと顔はニタニタ笑い続けた。あんた、ほんとにおかしいんじゃないの。本気で人類を救うつもり? あんな愚かな者達を。人間なんか宇宙から消えてなくなった方がいいのよ。そうでしょ。ここで終わりにしようよ。

顔は言った。いつの間にか、母の顔ではなくなっていた。魔女はその娘である自分自身の顔をしていた。森は鏡を見るようにして、レーダー画像の中に浮かぶ己の顔と向き合っていた。

そうよ、あたしよと自分が笑う。あなたのことは知ってるわ。だってあたしはあなただもの……ずっと思ってきたわよね。〈終わりの予言〉が正しいのなら早くそのときが来ればいいって。親の言う〈楽園〉なんて絶対あたしは行きたくない。今すぐ人を滅ぼして、あたしも一緒に死なせてください。神がいるならどうしてそうしてくれないの、と……そうよね。そうだったわよねえ、ユキ……。

ほら、今こそ、その願いが叶うチャンスよ。だからそんなレバーなんか離しちゃおうよと顔は言った。人類なんか救う価値ない。父さんも母さんもバカだったけど、あのふたりがああなったのも元はと言えば人がくだらない生き物だからよ。そうでしょ。みんな殺しましょ。あたしも死んでみんなおしまい。それがいちばんいいんじゃないの。

そのレバーから手を離すだけで、積年の思いが叶えられる。愚かなどうしようもない者達に、あなたが裁きを下すのよ。ね、そうしよう……。

顔は笑った。やっぱり、神はどこかにいて、あたしを見ているのかもしれない。あたしは神に選ばれたのよ。人を滅ぼし、あたしだけを救ってくれる。そうよ。初めからそのようにすべて計画されていたのよ。ここで導きに従えば、あたしだけが楽園に行き、永遠の命を授かるの……。

違う、と首を振ろうとした。その途端に頭がクラリとするのを感じた。眼がおかしい。見えない、と思った。嘲笑う顔以外に何も――ぼやけて霞み、グニャグニャに歪んでしまって見ることができない。視力がほとんど失われてしまっている。

見えるのは魔女の顔だけだった。勝ったわね、と笑う声を森は聞いたように思った。そんな、嘘よと考えても体が言うことを聞こうとしない。

まるで夜に寝ていて金縛りに遭ったような感覚だった。ただ目の前に顔があり、自分を見てるが何もできない――明滅するレーダー画面を見続けたことで、脳があれと似た状態に陥ったと言うことか? 頭の隅でチラリとそう思ったが、そうだとしてもどうすればいい?

そんなの、どうにもできるわけが――ああ、ダメだ。気が遠くなる。森は自分が意識を失いかけているのを感じた。しかしどうすることもできない。

頭の中で響く声はもはや哄笑になっていた。そうよ、死ね! 死んでしまえ! 人はみんな死ねばいいのよ! 母に言われ続けた言葉を、自分の顔がいま叫んでいる。アハハ! それでこそいい気味なのよ!

でもまず、ユキ、あなたからよ! 森は顔がそう叫ぶのを聞いたように思った。喉元めがけて突き立ててくる刃(やいば)を見たように思った。いつか見た光と同じ。

それだ、躱せ、と本能が告げた。手を使うのだ。あのときのように――けれども右手は、金縛りの雑巾絞りに遭ったまま、しびれて動こうとしない。無理に引けば肘から先がちぎれて落ちるんじゃないかと思った。

だが構うものか、やれ、と心の声が叫ぶ。森は背中に体重を乗せ、肩の力でレバーを引き抜かんばかりに引いた。