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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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第七章 赤道の白夜



現在、地球の全地下都市の時計はGMT――グリニッジの時間に合わせられている。地上の夜昼に関係なく、世界同時に朝が来る。かつて、人はどんなときにも『明けない夜はない』と言った。地下に閉じ込められて灰色の天井を見上げて生きねばならなくなってからもしばらくのうちは。

しかし今、〈明けない夜〉が始まってから七年が経った。〈朝〉が再び訪れることなど人は信じられなくなった。我々はあの天井を見上げて死ぬのだ。そもそも、この穴蔵で、どこから〈朝〉が来ると言うのだ。〈朝〉は元々、東から来るものだったはずなのに……。

かつて、朝は東から来た。世界の中で日本が最初に朝日を見る国だった。人は時差を無くすべきではなかったのかもしれない。それは人の心の中で、地球が平らになってしまうことであったのかもしれない。地下では誰も、東がどの方角なのかわからなかった。かつては地図が読めないのはもっぱら女であったと言うが、今やナビゲーターを持ち、人に道を教わりながら歩いても、男も女も迷うばかりとなった。地下の街はまるで迷路で、西や東の区別はなく、どちらを見ても天井を支える柱が合わせ鏡のように果てなく並んでいるだけなのだ。

あるいは、墓場の墓標のように。まさしくそうだ。地下空間はカタコンベだった。そこに押し込められたとき、人類はすでに滅亡していた。ただ、墓地を予約して、埋めてもらうときが来るまで生きているだけの絶望の日々。東がどちらかもわからないのに、夜が明ける望みなど誰にも持てるわけがない。

しかしそれでも、時計は二十四時間ごとに朝が来たと告げていた。この日もまた、世界が同時に午前六時を迎えはした。けれども遂に、この日、時報は誰の耳にも届かなかった。

人類の終わりのときを書き残す歴史家達はみな意見をひとつにして、2199年10月15日を〈滅亡の日〉とするだろう。そんなものを誰に対して残すのかは別として――それが昨日だ。今、その日の夜が明けた。確かに明けない夜はなかった。人はまだ生きるだけは生きている。だが、誰もが、昨日を境にもはやすべてが終わったのを知っていた。

時計の針は10月16日、午前六時を指している。人類滅亡の日から数えて一日目の朝がやってきたのだった。

近藤勇人が目を覚まし、見たのは赤い光だった。夜明けの空の色に似た赤い光が上にあった。街の灰色の天井を照らし、野球場のスタンドや、まわりを囲む柱を照らしつけている。

明るくはない。住宅の部屋の天井に点(とも)す常夜灯よりも弱い光だ。すぐにそれが、街を燃やす炎だとわかった。並ぶ街灯はみな消され、今の街には照明がないのだ。それでもものを見ることができる。あちらこちらで燃えている火が、まだ消えていないから。たちこめる白い煙を赤く染め、黒煙の中にまだらに浮かばせているのだ。

身を起こして周囲を見た。観客席は人で一杯だった。席に座っている人間はろくになく、みな床に寝転がってる。ケガ人が呻きを上げている。

立って歩いている者も、足取りはみなヨタついていた。膝に力が入れられぬようすで、うなだれてフラつきながら歩いていた。

手には銃を持っている。外から撃ってくる者達に対するために行くのだろう。撃たれた仲間を担いで戻り、銃にタマを込め直してもう一度……この数時間のうちに、何度もそれを繰り返してきたように見えた。球場の外から銃声が聞こえる。あちらこちらで家を工事し釘を打っているかのようにトテカンと。

スタンド正面の大スクリーンも今は真っ黒だった。球場内は、非常灯が少しばかり点いているだけ。

「これは……」

と言った。見回していると、「よお、起きたのか」と声を掛けてくる者がいた。同じチームの選手仲間だ。

「また停電だ。〈ヤマト〉の発進以来だよな」

「え?」と言った。「ああ。そう言やそうだけど……」

あのときとはまるで違う。あれは計画停電だった。この球場こそ真っ暗にされたが、まわりの街は照らされていた。それに、と思う。

「苦しいだろ? 呼吸がさ。消えてんのは灯りだけじゃないんだよ。空気の循環も止まってるらしい」

「待てよ。それじゃ……」

「そう。酸素がどんどんね、なくなっていっているんだな。二酸化炭素と一酸化炭素に変わっていってる。あちこちでああして家も燃えてるわけだし、塩素ガスみたいなものもだいぶ発生してんだろう。あと何時間もつんだろうな」

「そんな」

と言った。相手の顔は、暗くてよくわからなかった。地下数キロの深さにある街は隔絶された世界だ。放射能で汚染された外の空気は入らない。当然、内部で空気を呼吸できるように常にしておくシステムが必要になる。それが止まってしまったと言うのは――。

「終わりだよ。これがこの街だけなのか、世界じゅうの地下都市みんながそうなのかは知らないが……」

「そんな」

とまた言った。人類滅亡――どの瞬間を指してそう呼ぶにせよ、〈滅亡の日〉とは存続不能が確定するときだとずっと聞かされてきた。〈その日〉を過ぎても人は生き続けはする。最後のひとりが死ぬのは十年先のこと……ずっとそう聞かされてきて、なるほどそういうものかとずっと思ってきたのに、ひと眠りして目を覚ましたら『酸素がない』?

それはつまり、と近藤は思った。誰も彼もが今日のうちにみんな死ぬと言うことなのか。一年後や十年後のことじゃなく?

「復旧も試みているようだけど、どうなんだろうな。電気が戻ったとしても……」

銃声がする。爆発の音もする。数時間前に比べたら、散発的になったように思える。『冥王星を撃つのをやめよ』と叫んでいた演説の声ももう聞こえないが……。

そんな者らも、喉が潰れてしまったのか。自爆テロなどする者らも、吹っ飛ぶだけ吹っ飛び終えてしまったのだろうか。銃声が聞こえるからには内戦は継続中ではあるのだろうが。

「〈ヤマト〉はどうなったんだ?」近藤は言った。「冥王星は? ハドーホーってのは撃ったのか?」

「わからない。何も情報がないんだ。そこにいる兵隊さんらも何も知らないと言ってるし……機密ってわけでもなさそうだよ。本当に何も知らないんだろう」

「……まだそんなこと言ってるのか」と、近くで誰かが言うのが聞こえた。「〈ヤマト〉なんてどうせ逃げたに決まっているさ。そんな船を造るから、絶滅が早まることになるんだ。あと十年、生きるだけは生きられたのに……」

「なんだこの野郎」とまた別の声。「お前みたいなのがいるから、こういうことになるんだろうが。他人のせいにしようとするな!」

「ああ? 人のせいにしてんのはどっちだ!」

暗い中で言い合いが始まる。お互いの顔などほとんど見えてないはずだ。やめてくれ、と近藤は思った。酸素を無駄にしないでくれ。すでにこれだけ息苦しいのに、いがみ合ってどうするんだ、と。

しかし、そのふたりも、自分達でそう気づいたのだろう。すぐにお互い力を失くして黙ってしまった。すすり泣く声が聞こえる。子を抱きかかえ泣いているらしい親の声。

そして子供の声がした。「ねえ、〈ヤマト〉はどうしたの? 敵をやっつけてくれるんだよね?」

「〈ヤマト〉は……」

と、父親らしい声が応える。だがそれ以上、言葉が続かないようだった。