どろどろ液体の誘拐犯
ああ、ネットで買ったやつが届いた。
返事をしながら玄関先に向かうと、
扉の向こうにいたのは宅配業者なんかじゃなかった。
「失礼」
その一言が聞こえないうちに液体をかけられた。
じゅうじゅうと体が溶ける音が聞こえる。
気が付いたころには試験官の中だった。
「ひょひょ。意識が戻ったようじゃね。
お前にかけたのは人間の体を液体にするものじゃて」
「いったい何が目的だ!」
「身代金じゃて。
といっても人質を同じ部屋に監禁するのはリスクが高い。
そこで液体にして自由に持ち運びするってわけじゃて」
試験管のガラス越しに見えるテレビでは、
失踪した息子の俺を探す母と、身代金要求が書かれた紙が写る。
『警察は人質に取られているとされる息子さんの捜索と
犯人逮捕の捜査を急いでいます』
といっても、人質が液体にされてるなんて思いもしない。
さらに言えば、犯人は顔が割れてないので自由。
日常に近い生活を送りつつ、人質をとっての身代金要求を続ける。
「我ながらベストアイデアじゃて。
警察に突撃される心配もないからじゃね」
「お、俺の家に金なんてないぞ!」
「お前の家からはとらないじゃて。
どうせ警察が用意してくれるに決まってるじゃね」
誘拐犯の見通し通り、身代金はあっさり用意された。
受け渡しにも成功すると犯人は何かの薬の調合をはじめた。
「何をしてるんだ?」
「金は無事手に入れた。
お前を液体から人間に戻す薬を作ってるんじゃて」
「待ってくれ! それは困る!」
「……え? 人質のくせに何言ってるんじゃて。
お前も早くこんな生活からはおさらばしたいじゃね?」
「いいや、逆だ。この生活を続けたい。
たった今、神がかり的なアイデアを思いついた」
「じゃて?」
思えば、俺は人間から液体にされて今の体になっている。
でも、こんな状態になっても手足の感覚もあるし、元の状態と差はない。
もし、教科書を薬で溶かして加えたらどうなるか。
勉強せずに体の隅々までしみ込んでくれるんじゃないか。
という、一連の俺のアイデアを誘拐犯に話した。
「そんなことは知らないじゃて。
俺さんは、早く警察に追われているプレッシャーから解放されたいんじゃて。
お前さんのわがままに付き合う理由はないんじゃて」
誘拐犯はそそくさと身代金をカバンに詰める。
「……断るのか?」
「当たり前じゃて。
金ももらったのに、いつまでも追われるなんてまっぴらじゃて」
「ところでお前。俺がこの体になじむってこと、考えなかったか?」
「何が言いたいんじゃて?」
「液体の体も今じゃ自在に操れる。
寝ているお前の口の中から入って、内側から破ることだってできるんだ」
「お、脅しているのじゃて……!?」
「今度の人質はお前だ、誘拐犯。
俺の要求に従わなければどうなるか……」
「わ、わかったじゃて! なんでも言うこと聞くじゃて!
その代わり満足したら俺さんを解放してくれじゃて!」
こうして、警察の知らないうちに立場が逆転した。
誘拐犯は人質となり、人質は誘拐犯として犯行を延長した。
俺が追加で身代金を要求し、金は無事手に入る。
そして、犯人は買ってきた本やデータを溶かしていく。
だんだんと俺の水位は増える。
「おお、やっぱりだ。俺の読み通り。
液体として同化すれば、楽に頭や体にしみ込んでいく」
本を溶かせば知識は頭に入っていく。
メガネを溶かせば視力がよくなっていく。
ガラスのコップ越しにも視力が良くなったのがわかる。
「なあ、もういい加減にしてくれないじゃて?
お前の分の身代金も、もう十分集まったじゃて」
「いいや、まだまだだ。
俺が人間に戻ってからは遊んで暮らせるの金と
全人類で最高の人間にならなくちゃな。
それこそ、すべての人間にとって脅威となるくらいの」
「うう……早く解放されたいじゃて……」
その後も、俺の指示で身代金は何度も何度も要求された。
誘拐犯は身代金の回収と並行して、
俺の求める「品」の液体化と同化作業に忙しい。
一生遊んで暮らせるほどの金が集まったころには、
俺はスーパーコンピューターよりも高い知能と
一流のアスリートをもしのぐ運動能力を手に入れていた。
「ようし、こんなものだろう。
この世界で生きていくのに何も不都合がないだろう」
「お前さん、本当に強欲じゃて……。
これ以上は、俺さんがもたないじゃて……」
「誘拐犯もご苦労さんだな。
俺の持ち運びやら、"品"の液体化作業に身代金回収とかな」
「も、もうお役ごめんじゃて!?
もう解放されるんじゃて!?
毎晩、プールに忍び込むのも怖いんじゃて!」
「ああ、もういいだろう。
それじゃあ俺を戻してくれ」
すべての人間の頂点に君臨するだけの能力を手に入れた。
どんな天才でも俺という脅威の前にはひれ伏す。
今後の暮らしは幸せへのエスカレーターだ。
「それじゃ戻すじゃて」
誘拐犯は調合した薬を俺の中に入れた。
水が徐々に元の俺の体の形へとまとまっていく。
「おおお! 戻っていくぞ!!」
完全に水が固まった瞬間、俺の頭は天井を突き破った。
『大変です! 小学校の使われていないプールに
突如、裸の巨人が現れました!!』
脅威を感じた人類の行動は早かった。
即座に巨人を現代兵器で撃退に成功。
撃退に使われた費用については、
どういうわけか巨人の足元にあった金でまかなわれたそうな。
作品名:どろどろ液体の誘拐犯 作家名:かなりえずき