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藍城 舞美
藍城 舞美
novelistID. 58207
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ギタリストに1輪のバラを 1 ヒサトの見た夢

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「だから、病気のことは言いたくないんだってば!」
 浅川ヒサトは、ヒステリックに言葉を吐いた。彼と同じバンドのメンバーで、ルームシェア相手でもある進藤タクヤは、またか、とでも言うようにため息をつくと、ベッドの中のヒサトを見つめた。こっちに心配を掛けないためなのか、あるいは別の理由があるのかなどといろいろ考えて、タクヤはひそかに答えを探していた。ヒサトは白い壁のほうを向き、浅い呼吸を繰り返した。タクヤは、自分に背を向けている19歳のギタリストに気遣いの眼差しを送った。
 (こいつにもしものことがあったら、俺たちDEAR PEARLは…)
 タクヤの頭と胸は、そんな気持ちでいっぱいだった。脳内が暗いグレーに染まり、自然に肩と二の腕が震える。その間に、ヒサトは乾いたせきを2回した。

 それから優に1時間は沈黙が続いたとき、それを打ち破るべく、ヒサトはタクヤに尋ねた。
「タクさん、まだ怒ってる?」
 タクヤは意外に穏やかな表情を見せて答えた。
「いや、怒ってない」
 平和な答えを聞いたヒサトは、相手に聞こえるか聞こえないかの声で
「よかった」
 と言った。

 このヒサトという男は、所属するバンド「DEAR PEARL」の中でも最年少で、それゆえに幼い面が目立つが、他のメンバーから善悪両方の意味で弟同然に思われている。その彼が何らかの病気を患い、必然的にバンド活動も休止状態に追い込まれた。彼は自分自身が期待されているにもかかわらず、自分と仲間たちの未来を赤黒く塗り潰しているように感じていた。タクヤが入浴中や外出中のときには、ヒサトは天井あるいは壁のほうを向いて涙を流すことが多かった。彼の胸にダメージを与えているのは、病気の症状だけではなかった。


 そんな日々を繰り返したある日のこと。
「タクさん」
「ん?何だ」
 ヒサトが上体を起こして話し始めた。
「僕、今朝夢を見たんだ」
「ほう、どんな」
 ヒサトの話によると、彼は色とりどりのバラが咲き誇る美しいバラ園の中を歩いていて、そのうちにバラ園の中央辺りにひときわ美しい薄紫色のバラを見つけた。彼がそれに見とれていると、
「この花はもうすぐ枯れるのよ」
 と、若い感じの、女性の低い声が聞こえた。その声に驚いたヒサトは周りを見渡したが、声の主の姿は見えなかった。彼は、そこで目が覚めたというのだ。

 タクヤが尋ねた。
「で?何が言いたいんだ」
「それでさ、僕、思ったんだ」
「何を」
「あのきれいな紫のバラが枯れるとき、それが僕の死ぬときなんだろうなって」
 それを聞いたタクヤは声を上げて、しかし控えめに笑った。
「そんな、しょせん夢だろ。そういうのは妄想の一種。それかそういうドラマの見過ぎだ」
 (何で僕の言うこと信じてくれないの)
 ヒサトの表情がそう言った。タクヤは落ち着いた様子で語りかけた。
「仮におまえの言うとおり、おまえがもうすぐ死ぬのなら、それまでにしたいことをリストアップして実践してみることだな」
 彼の言葉に、ヒサトは難しい顔をして黙り込んだ。それから10分ほどしたとき、彼は目を閉じた。

 翌日の朝、ヒサトは前日と同じようにタクヤに話しかけた。彼の話した内容は、昨日のそれと全く同じであった。夢に現れたバラが前日に見たものと比べて少ししおれていたこと以外は。それから、ヒサトは連日同じ夢を見た。タクヤは、心なしか日がたつにつれヒサトの顔から表情が消えていくように感じた。