「時のいたずら」 第二話
やっと声が出そうになって絞り出すように優斗は話しかけた。
「た・す・け・るってどういう・・・こと?」
それだけゆっくりと言うのが精いっぱいだった。
「わたくしの手を引いてくださればお判りになります。こちらに来てそうなさっていただけませぬか?」
優斗は少し落ちついてきたのでその女性をじっと見た。懐中電灯に照らされた姿は小柄で白い衣装を羽織ったなかなかの美人に見えていた。
「手を引くとは何かに挟まっているのか?」
「いえ、そうではございませぬ。この世に戻りたいのです」
「この世に戻る?どこに居るというんだ?」
「この世の隣でございます」
「意味が解らん。この世以外に住める場所などないよ」
「お願いでございます。手を引いてくださりませ・・・お助けいただければ何でもお役に立ちまするゆえ」
信じられない光景だったが、優斗は勇気を出して女に近づき手を差し出した。
真っ白な細い指先が優斗の太い指に絡まり、やがてしっかりと繋がると突然電気のようなものが優斗の身体を襲い、バーン!と大きな音がしてその場に倒れた。
1時間ほど過ぎたであろうか気が付いた優斗は傍に女が倒れていることを確認した。
「大丈夫か?しっかりしろ」
少し肩を揺らして呼び掛けた。
う~んと声を漏らして気が付いた様子に、優斗は安堵した。もし死んでいたら大変なことになると感じたからだ。
「ここはこの世ですね?」
「ああ、生きているよ間違いなく。キミは藤と名乗っていたね。下の名前は何と言うんだ?ボクは優斗、杉村優斗だよ」
「杉村優斗さま・・・ありがとうございました。名前が藤なのです。それだけです。杉村さま、ここはどちらなのでしょう?
「名古屋市内だよ」
「?な・ご・や・し・な・い」
「まさか知らないの?」
「永い眠りに就いていたように思われます。世の中が移り変わってしまっていたのですね。式部さまの書かれた物語も色あせておりまするゆえ」
「源氏物語絵巻は1000年も前に書かれたと聞いているよ。何でも原作は紫式部で絵画の方は後々書き足されたものらしい」
「1000年!!なんと・・・言葉に出ませぬ」
優斗は時計を見た。一時間は眠っていたと感じられたが針は進んでいない。
藤を見たときから一分も経っていなかったのである。そればかりか、館内は先ほどの電気ショックのようなものですべての電源は落ち、警備室に居た島村は眠るように机に伏していた。
藤を連れて警備室に戻ってきた優斗は揺すっても起きない島村を諦め、書置きをして自宅へ藤を連れ帰ることにした。勤務中ではあるがこのまま朝を迎えることは非常に都合が悪いような気になったからだ。
幸いすべての電源が落ち警備カメラは作動していない。
裏口から出て駐車してある車に藤を乗せて自宅へと向かった。
助手席で藤は気を失っていた。眠っていたというのが正しかったのかも知れない。
優斗は自宅のベッドに藤を寝かせ、自分は再び美術館へと戻った。
枕元に書置きを残しておいた。そこには絶対に自分が帰ってくるまで外に出るなと書かれていた。ペットボトルの水を枕の横に置いて喉が渇くなら飲むようにと付け加えられていた。
警備員の島村はやっと目が覚めて机に置かれている書置きを読んだ。
それは巡回中に突然の停電に見舞われ原因がつかめないから外を調べてくるので戻るまで中の警備をお任せします、と書かれていた。
真っ暗な館内を島村は隅々まで巡回して停電の原因となるようなことを調べていたが全くそれらしき気配がするような場所や故障は見つけられなかった。
やがて戻ってきた優斗の顔を見ると異常が無いのにどうしたことだと尋ねた。
「島村さん、外も異常は無かったです。館長にこんな時間ですけど伝えた方が良いですかね?」
「不思議だよな、こんなこと初めてだよ。もう少し頑張って回復しなければ直ぐに報告しよう」
「一旦ブレーカーを落としてもう一度入れたら回復するかも知れませんね。やってみましょうか?」
「そうだな。それは思いつかなかった。点検では一部スイッチはオンになっていたけど、全部切って再度オンにしてみよう」
二人は配電盤を開けてスイッチを切り、再度入れ直した。
全ての電源はオンになり場内に明かりが点いた。
「やりましたね。戻ったみたいです」
「優斗くん、さすがだ。良かったよ、これで安心だ。もう一度明るくして巡回してみよう」
「はい、そうしましょう」
先ほど藤と出会った場所には何も残されていなかった。
朝が来て勤務終了時間となって優斗は自宅へ急ぎ戻っていった。
作品名:「時のいたずら」 第二話 作家名:てっしゅう