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シナテックの花嫁

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一等書記官レセンドラの幼馴染、アミュー・バスディは大層妙な女だ。

 本人を目の前にして彼は思う。
 子供のときに飼い犬の嫁になると宣言したり、ミツバチの一匹一匹を完全に見分けた上で名前を付けていたりした過去を知っている者はいても、シナテックの花嫁と謳われるこの天才女科学者がここまで奇行に走ったのを知っているのは、シンシックシティ広しと言えどもきっと自分だけに違いない。

「あ、ははー。失敗失敗」

 取り繕ったような笑い声がやけにむなしい。
 彼女の私的研究室の中、二人の目の前にあるのは車とカプセルの中間のような、不思議な物体の、残骸。
 幼馴染が仕事や研究の合間を縫って、三ヶ月という時間をかけて自作したものだ。

 この日、彼女は過去に行くから見送って欲しいと彼に言った、

 ―――挙句、爆発事故を起こした。

 故障原因がまた奇妙なのだ。
 手元が狂って押し間違えたボタンが自爆装置の起動スイッチだった、なんて、そうそうある理由ではないだろう。
 そも、自爆装置だなんて普通作るか?
 糾弾混じりに問いただせば、ロマンだからと答えられて、レセンドラは本格的に頭を抱えたくなった。
 ロマンって何のロマンだ。盛大に裏手で突っ込んだ彼に答えがなかったのが、また気になる。

「それで、お前は何でこんなことしたんだ? 理由を言え、理由を」

 巻き込まれた俺には聞く権利がある筈だ。強気な態度でそう言えば、アミューは視線を彷徨わせたあと、気まずそうに口を開いた。

「だって、結婚するって聞いたから」

 完全予想外の返答に、レセンドラは思わず言葉の意味を理解しそびれる。
 けっこんって何だっけ。新しい機械か?
 って、いやいや違う。

「誰が」
「レスが!」

 尋ねたら指差し名指しで示された。
 思わず、えー、と声が漏れる。結婚と爆発、もとい時間を遡れるらしき機械との関連性が分からない。

「最近ただでさえ冷たいのに、そんな事になったらもっと疎遠になるじゃない。昔に戻ったら、また仲良くしてくれるかなって……」

 思ったんだけど、ともごもご口ごもる彼女。
 レセンドラは口をぽかんと開けた後、ぐっと奥歯を噛み締める。
 何だそりゃ。こみ上げそうになった笑いを耐えるのに必死になる。

「お前、つくづく馬鹿だなぁ」

 呆れた気持ちを最大限に込めてしみじみと告げれば、彼女はぎゅっと唇を噛み締めて、レセンドラをにらみつけた。

「な、なによぉっ。私が馬鹿だから、レスは冷たくしてるっていうの? それって酷くない!?」

 間に受けて拗ねるところが、本当に、心の底から馬鹿だなぁと思う。記憶力がいいとか、思考力があるとかと、頭がいいという言葉はイコールでは結ばれない事を確信する瞬間だ。

「なら聞くが。お前、何で俺に冷たくされたくないわけ?」

 質問すれば、今度はアミューの方がぽかんと口を開けた。

「……幼馴染だからでしょ?」
「お前、ほんっと馬鹿だな」

 間髪入れずに返すと彼女の頬は更に膨れた。

 全く、と彼はつくづく思う。幼馴染のアミュー・バスディは大層妙な女だ、と。
 幼少より数々の発明を成し、偉業を遂げた、シナテックの花嫁と謳われるこの天才女科学者は、観察眼も思考力も発想力も一級品。
 なのに、こと感情の分野においては、大概も大概、鈍過ぎるのだ。

 特に苦手なのは自分の心を推し量ること。
 感情を表現するのも苦手で、そういう時は常に変な方向に暴走する。

 例えば、それこそ、レセンドラが結婚すると噂で聞いたからと言ってそこで転がっている機械を作ってしまう、とか。

「お前にその理由が分かったら優しくしてやるよ、馬鹿ミュー」
「レスの方が馬鹿だもん! レスの馬鹿ぁ!」

 癇癪を起こして喚く彼女に、レセンドラは、なるべく早く馬鹿を卒業しろよ、と付け加えると、うっそりと笑った。


 シナテックの花嫁が違う称号を手に入れる日が来るか否か。
 それは多分、シンシックシティ広しといえども、レセンドラだけが知っていた。
作品名:シナテックの花嫁 作家名:睦月真