ピアノ弾き
憂鬱だった
すばらしい曲が弾けるのに
まだまだまだまだ
と
なんであの演奏会でとちってしまった
なんであのリサイタルでリズムをとれなかった
指をおゆにつけながら
ピアノ弾きは嘆く
恋人はもっとつらい
なんにもしてあげられないと
やっぱり自分を責めるから
ある日恋人は
頼んでみた
わたしだけに弾いて
クープランの墓を
その甘いせつない調べ
音は絹糸のように流れ出し
ピアノ弾きはやわらかな髪のむすめのためだけに無心に弾いた
天上の音楽
それはかれの
ピアニストとしての最高のすべりだし
だけどピアノ弾きは
トランク持って恋人連れて
長い旅へと出たのだよ
それから長い時がたち
やさしい目をしたとしとった女ととしとったピアノ弾きが
カーネギーに招かれた
聴衆はこぶしをにぎり 泣き
しまいには立ち上がっていつまでも手を打ち鳴らした
ピアノ弾きはもうなやんでいなかった
このうえなくしあわせだった