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時計の針は戻せない

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『時計の針は戻せない』
 
薄幸の星の下に生まれた女、アイコ。貧しい家庭で、いつも両親が喧嘩していた。物心ついた時からそうだった。両方からぶたれて育った。それゆえいつも優しさを求めていた。
十歳のとき、両親は離婚した。どちらも引き取らず、結局、母方の祖父母に仕方なく引き取られた。そこにも愛はなかった。祖父母とも厳しく、まるでお手伝いのように使われた。

働きながら高校に通っていた十七歳のとき、ムロイ・タカオが現れた。彼は実にハンサムで紳士的な話し方をした。それは今まで出会ったことのない男だった。すぐに恋に落ちた。結婚しようと言われたとき、アイコは天にも昇る思いだった。祖父母は反対したが、アイコは耳を傾けなかった。

タカオはハネムーンと称して、東京に旅行に誘った。
夢のような時間はほんの数か月で終わった。アイコはたっぷりと愛の手ほどきを受けて、男なしでは生きていけないような体になった。タカオは十分に飼いならしたことを知ると、被っていた羊の皮を脱いで本性を露わにした。笑みを浮かべなく、命令口調となり、少しでも逆らうと暴力をふるう。やがてアイコは逆らうのを止め従順な女になり、休む暇もなく売春させられた。何度か逃れようと試みたが失敗して叩かれた。
 アイコが風邪をこじらせたことがあった。そのせいで客をとれないときがあった。部屋で休んでいたとき、タカオの監視が一瞬緩んだ。その隙を狙ってわずかな所持金をもって逃げた。

アイコは東京を離れた。あちこち転々したが、結局、行き着いた先は、幼い頃に過ごした港町である。街はずれにあるラーメン屋で働いた。そこで修行中のヒロユキと出会った。彼が二十八歳、アイコが二十歳のときある。独立することを夢見ていたヒロユキは昼夜を問わず働いた。そのひたむきな姿にアイコは魅かれた。ヒロユキもまたアイコの美しさに魅かれた。二人は自然と恋に落ち、一緒に暮らすようになった。アイコはタカオの影に怯えながらも、ヒロユキに抱かれる度に少しずつ幸せを感じていった。
東京で送った嫌な生活のことなど遠い過去のことに思えた頃である。タカオが現れた。
「幸せそうだな。ヒロユキという男と一緒に暮らしているみたいじゃないか」と笑った。
蛇のような目に睨まれたアイコは凍り付いたように動けない。
 人目もはばからず抱きしめようとするタカオにアイコもさすが抵抗するものの力で捻じ伏せられた。
「私は昔の私じゃないのよ」とアイコは強がってみせた。
「昔と同じだろ? お前の体に聞いてみるさ」と強引にラブホテルに連れ込んだ。 
終わった後、裸のアイコに向かったタカオが言った。
「人間というのは、結局、知っている所でしか暮らせない。お前が逃げたとき、生まれた町の海が好きだと言ったことを思い出した。だから、お前が幼い頃に住んでいた町に来てお前を探した。すぐに見つかったよ。いいか、俺は叩かれたら、倍にして返す主義だ。俺の女を奪った罪は重い。ヒロユキという男の命を奪ってもいいくらいだ。今の俺には怖いものがない。ヒロユキを助けてほしければ、男の金をとってこい。噂じゃ、かなり貯めこんでいるという話だ。一緒に東京に戻るんだ。間違っても逃げようと思うな。お前だけじゃない。ヒロユキの命もない」
アイコは彼の執念深さを知っていたので観念した。言われるがまま、ヒロユキの目を盗み、ヒロユキが貯めた三百万を盗んだ。『お金を貸してください。いつか返しますから』と書いた手紙を置いた。

結局、元の地獄のような生活に戻った。昼も夜も売春させられた。
東京に戻って二年後の春の夜、タカオが些細なことで酔っ払い数人と喧嘩し、そのうちの何人かに重傷を負わせ、刑務所に入れられた。
検事に諭され、アイコのタカオがいかに悪党であるかを裁判で証言した。その結果、懲役十年となった。

自由になったアイコは必至で働き、四年で三百万を貯めた。ヒロユキに返すためだった。ヒロユキがずっと待っているかどうか分からなかったが、待っていると信じて働いたのである。

冬、雪の降る日である。
再び、故郷の港町に訪れた。
二人で住んだアパートはあったが、ヒロユキは消えていた。幸いにも隣にいた人が今も居たので彼の行方を聞いた。
「彼なら独立して、駅裏で小さいながらもラーメン屋を開いているよ」
その一言で、過ぎ去った六年の月日の長さを感じた。
 
ヒロユキのラーメン屋は駅前の雑居ビルが並んでいる中の一角にあった。
窓ガラス越しにそっと店内を覗いて見る。客が数人いる。カウンターの奥には若い娘がいて、すぐ隣にはヒロユキがいる。
アイコはサングラスをして店に入り、カウンターに座った。そっとヒロユキを見た。少し太ったが、昔とあまり変わっていない。ヒロユキはアイコを気づかなかった。荒んだ生活のせいでアイコは髪も手もぼろぼろ。まだ二十六歳というのに、体型も崩れ、どこからみてもオバサンである。
水が入ったコップを置きながら若い娘が「注文は決まりました?」と聞いた。
「みそラーメン」と一言。
「ねえ、あんた、みそラーメンだって」
その一言で分かった。何もかもが終わっていたことを。そして、時計の針は戻せないことも。
六年という月日の長さを思いながらラーメンを食べた。が、半分食べたところでお腹がいっぱいになり店を出た。
外は吹雪だった。ちょうどよかった。泣いても誰にも気づかれないで済むから。





作品名:時計の針は戻せない 作家名:楡井英夫