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「お客さんが来たよー?」

 長い髪をなびかせて、彼女が階段を駆け下りてくる。
 呼び鈴が鳴ったような気配は無い。おそらく二階の窓から外を見ていたのだろう。

「ああ、カウンセリングの予約が入ってるんだ。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
 僕が返事をすると「じゃあこれね」と白衣を手渡された。
 こんなものをわざわざ一枚羽織る必要性というのも特に感じないのだが、こういうのは雰囲気が大事なのだと力説していた親友の顔を思い浮かべて、苦笑しながら袖を通した。
 インターホンが鳴る。患者が到着したようだ。

「部屋に通してくれるかい?」
「うん」

 玄関へと向かう彼女と入れ替わるようにして、僕は奥のカウンセリングルームへと向かった。
 部屋の窓からちらりと外を見る。外では、家から出てきた彼女を見て少年があたふたと頭を下げていた。

 製造四年の少年。か……。

 あの頃の僕と同い年だな……。






僕は正式名称No.23518-63012-74770。

通称ノニ。

自律思考型の二足歩行ロボットだ。






 遠い昔に、人という種族が僕達の原型を作ったのだと、歴史のデータには書かれている。『それについてどう思うか』というのが、今日のレポートの題目だった。
 どう。と問われた所で、その通りの事実だ。としか思えないのだが……。

 学校と呼ばれているここは、知識を得る為のものではなく、経験を得る為の場所だった。作られてすぐの、まだ経験の浅い者達は六年の間ここに通うこととなる。教員と呼ばれる、経験豊富な大人たちが見守る中で、他者と係わり合い、人とは違うそれぞれの個性を確立していくというのは下手すれば全員が似通った性格になりかねない僕達に必須の作業だった。
 真っ白いままの提出用ファイルを前に途方に暮れていると、突然、チャイムではない放送が流れた。どうやら、教員達が揃って何かの会議に緊急招集されたらしく、僕達生徒は、皆家に帰るようにと指示された。
 真っ白いレポートは、僕の今日の宿題となった。

 まだ日も高い。帰ってからずっとレポートに向かった所で、きっと一文字も進みはしないだろう事は今までの経験から分かっていた。
 ぶらぶらと町を歩く。一応家に向かいつつも、商店街に並ぶ店を一つ一つじっくり眺めながら帰ることにした。詳細に見る。という行動には、意外と発見が多いものだ。こういった経験は、きっと僕に新しい選択肢をもたらすだろう。

 本屋という名のデータ配信ショップ。周りとの差別化を図りたい人達でいつも賑わっている装飾店。その隣の工具店には、逆に人が居るのを見た事がなかった。
 ペットショップに差し掛かる。端から順に、猫や犬を眺めて歩く。どの生き物も今は昼寝の時間なのか、目を閉じてゆっくりとお腹を上下させている。
 これらの生き物に呼吸器があって、呼吸により生命維持に必要な酸素を取り入れ、その際に生じた二酸化炭素を排出している証でもあるその動きをじっと眺めてみる。僕の家で飼っていた犬も、こんな風にしてよく居間で寝ていた。
 飼育していた犬が死んでから、僕の家での仕事はぐっと少なくなってしまった。
 犬を散歩に連れていくことも、犬に食事を用意する事も、犬と遊んでやる事も、僕にとってはどれもが刺激的だったのだが、寿命だという事では仕方が無い。
 まだ小さな子犬の腹から目を逸らして数歩進むと、店の入り口脇、大きなショーウィンドウの向こうから、こちらを眺める小さな瞳と目が合った。
 犬や猫とも違う、黒目の少ない目。その上には、眉毛と呼ばれる毛が緩やかな弧を描くように生えていた。ぷにぷにとした柔らかそうな皮膚が指先までを包み込み、それを、リボンやフリルで華やかに飾られた衣類が覆っている。

『人もどき』か。


 僕達には、短く分かりやすいネーミングを好む傾向がある。
 遠い昔に、人という種族が僕達の原型を作った。そうやって作られた僕達が、今度は人に模して生き物を作った。
 それが、この人もどきだった。



「人もどきっていうのは、どうなのかな」
「あ?」
 翌朝、教室で僕に声をかけられた学友が、一瞬怪訝そうな顔をする。
 こいつは僕のいわゆる親友という位置にある奴だった。どうも、データベースの検索に手間取る事があるらしく、時々、こんな風にすぐ返事が返ってこないことがあった。
「ああー、一時期流行ったよな。俺ん家でも姉貴が一匹飼ってたよ」
「へぇ」
 なんだ、案外一般的に飼育されていたのか。僕が縁遠かっただけなのだろうか。
「まあ、もう死んじまったけどな」
 親友の言葉に疑問を抱く。
「お姉さんは、君とそう歳が離れていなかったはずだよ。人もどきは七、八年は生きるものなんじゃないのかい?」
「上手く飼えばって話だろ」
「ふーん……」
 つまりは、彼の家では適正な飼育ができなかったと言う事か。

 学校の帰り。僕は、昨日のペットショップの前で足を止めていた。
 人もどきは、まだ昨日と同じ場所にディスプレイされている。ふわふわの金の髪に、ピンクのリボンが揺れている。
 小さい頭だ。
 そんな小さな脳で、僕の事を覚えていたというのだろうか。人もどきは僕の姿を認めると、ペタッとガラスに張り付き、嬉しそうに手を振ってきた。
 こういうのを可愛いと言うのだろう。そう判断した僕は、この映像を経験として可愛いという単語に関連付けておくことにした。
 ガラス越しにそっと手を伸ばしてみると、人もどきはそれを追って左右にふらふらとおぼつかない足取りで移動した。
 人懐こいんだな……。
 ちょうど、犬が使っていたベッドも空いている事だし、来月には僕の製造日もある。製造日には、僕の両親とされている人達が、プレゼントを用意しようとするはずだ。
 家に帰ったら、二人に提案してみよう。人もどきを飼育してみるというのは、きっと、僕にとって良い経験になるだろうから。






 次の休日、僕は両親と共にペットショップに来ていた。
 ディスプレイされていた人もどきには、他に予約を入れそうな客もいないらしく、あっさりと僕のものになった。
 店員に薦められるままに、人もどきを抱き上げてみる。見た目のふわふわしたイメージに反して、ずっしりとした重量が腕にかかる。
 柔らかくすべすべした皮膚の内側は、その七〇%が体液だというのだから、それも納得ではあったが。なんだかぐにゃっとした体は、ちょっと力の加減を間違うと壊れてしまいそうだった。
 大人しく抱かれる人もどきは、僕と目が合うとその度にっこり笑った。
 店員いわく、よく懐いている状態なのだそうだ。直に触れたのは今日が初めてだというのに、人もどきというのは本当に懐きやすい生き物なのだな。
 この時はそう思ったが、後に親友から散々あやしても泣いてばかりで一向に懐かなかった人もどきの話を聞いて、懐き易さには個体差があるという認識に書き換えることとなる。
 飼育法のデータと飼育用品を一式揃えて、僕達家族は家に戻った。

 人もどきは、人で言うところの一才程の姿になるまで試験管の中で育成される。よって、市場に出回るのは一才二ヶ月〜四ヶ月くらいの物が多いのだそうだ。
作品名:facsimile 作家名:弓屋 晶都